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平岡和徳(大津高校)高校サッカー名将列伝

平岡和徳_大津

平岡和徳(大津高校)高校サッカー名将列伝

1. 監督総評

帝京高校時代に選手としてインターハイ優勝・選手権3位、3年時には主将として選手権全国制覇を果たし、筑波大学を経て1993年に熊本県立大津高校へ赴任。当時全国未出場だった地方の公立校に「年中夢求」「凡事徹底」「24時間をデザインする」「100分集中トレーニング」といった革新的なフィロソフィーを注入し、わずか数年で全国屈指の超名門へと変貌させた。

2017年4月には請われて出身地である熊本県宇城市の教育委員会教育長に就任。これに伴い現場の指揮を教え子たちへ託しつつ、自らは「総監督」として毎朝のグラウンド立ち合いをはじめチームの指導・統括を継続。教育行政のリーダーと部活動の総監督という二刀流の立場から、生徒の自立心を育む人間教育をさらに深化させた。

その確固たる信念は実を結び、全国高校サッカー選手権では第100回記念大会で熊本県勢・公立勢史上初となる全国準優勝、翌第101回大会でも連続4強を達成。さらに2024年には高円宮杯プレミアリーグWEST初優勝およびファイナル制覇を果たし、高体連所属チームとして史上初となる「高校年代真の日本一」に輝いた。巻誠一郎、谷口彰悟、車屋紳太郎、植田直通など約60名ものプロ・日本代表を育て上げたその指導哲学は、日本サッカー界の道標となっている。

2. 基本情報

  • 氏名:平岡 和徳(ひらおか かずのり)
  • 生年月日:1965年7月27日
  • 出身地:熊本県下益城郡松橋町(現・宇城市)
  • 指導チーム:熊本県立大津高等学校(熊本県)
  • 役職:熊本県立大津高等学校サッカー部 総監督・テクニカルアドバイザー、元・熊本県宇城市教育委員会 教育長、公益財団法人日本サッカー協会(JFA)理事

3. 指導歴

  • 1988年4月 – 1993年3月:熊本県立熊本商業高等学校 保健体育科教諭・サッカー部監督
  • 1993年4月 – 2017年3月:熊本県立大津高等学校 保健体育科教諭・サッカー部監督(24年間)
  • 2017年4月 – 2023年3月:熊本県宇城市教育委員会 教育長、熊本県立大津高等学校サッカー部 総監督
  • 2023年4月 – 現在:熊本県立大津高等学校サッカー部 総監督・テクニカルアドバイザー、JFA理事

4. 大会の戦績

全国高校サッカー選手権大会

出場20回(準優勝1回、ベスト4 1回、ベスト8 2回、ベスト16 7回)

年度 高校名 大会名(出場回数) 成績・結果 備考
1993年度 大津 第72回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:熊本商大付
1994年度 大津 第73回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:熊本農
1995年度 大津 第74回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:熊本商
1996年度 大津 第75回全国高校サッカー選手権大会(初出場) 2回戦敗退 全国選手権初出場・初戦勝利、2回戦で松商学園にPK惜敗(土肥洋一、櫛野亮)
1997年度 大津 第76回全国高校サッカー選手権大会(2年連続2回目) 2回戦敗退 初戦で大船渡にPK勝利、2回戦で帝京に惜敗(巻誠一郎)
1998年度 大津 第77回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:熊本国府
1999年度 大津 第78回全国高校サッカー選手権大会(2年ぶり3回目) 2回戦敗退 初戦勝利、2回戦で武南に惜敗
2000年度 大津 第79回全国高校サッカー選手権大会(2年連続4回目) 1回戦敗退 初戦で星稜に惜敗
2001年度 大津 第80回全国高校サッカー選手権大会(3年連続5回目) 3回戦敗退(ベスト16) 初戦で静岡学園にPK勝利、3回戦進出
2002年度 大津 第81回全国高校サッカー選手権大会(4年連続6回目) 2回戦敗退 初戦敗退
2003年度 大津 第82回全国高校サッカー選手権大会(5年連続7回目) ベスト8 初の全国8強進出、準々決勝で滝川第二に惜敗
2004年度 大津 第83回全国高校サッカー選手権大会(6年連続8回目) 2回戦敗退 初戦敗退
2005年度 大津 第84回全国高校サッカー選手権大会(7年連続9回目) 3回戦敗退(ベスト16) 武田洋平主将、3回戦で滝川第二にPK惜敗
2006年度 大津 第85回全国高校サッカー選手権大会(8年連続10回目) 3回戦敗退(ベスト16) 3回戦進出
2007年度 大津 第86回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:ルーテル学院
2008年度 大津 第87回全国高校サッカー選手権大会(2年ぶり11回目) ベスト8 通算2度目の全国8強進出、準々決勝で鹿島学園に惜敗(谷口彰悟)
2009年度 大津 第88回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:ルーテル学院(谷口彰悟、車屋紳太郎)
2010年度 大津 第89回全国高校サッカー選手権大会(2年ぶり12回目) 2回戦敗退 初戦勝利、2回戦で宇治山田商にPK惜敗(車屋紳太郎、植田直通)
2011年度 大津 第90回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:ルーテル学院(植田直通、豊川雄太)
2012年度 大津 第91回全国高校サッカー選手権大会(2年ぶり13回目) 3回戦敗退(ベスト16) 植田直通主将、豊川雄太
2013年度 大津 第92回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:熊本国府
2014年度 大津 第93回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:秀岳館(野田裕喜、一美和成)
2015年度 大津 第94回全国高校サッカー選手権大会(2年ぶり14回目) 2回戦敗退 初戦勝利、2回戦で前橋育英に惜敗(野田裕喜、一美和成、河原創)
2016年度 大津 第95回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:ルーテル学院
2017年度 大津 第96回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:東海大熊本星翔/宇城市教育長就任に伴い総監督就任
2018年度 大津 第97回全国高校サッカー選手権大会(2年ぶり15回目) 3回戦敗退(ベスト16) 福島隼斗主将、水野雄太、濃野公人
2019年度 大津 第98回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:熊本国府
2020年度 大津 第99回全国高校サッカー選手権大会 県予選敗退 代表:ルーテル学院
2021年度 大津 第100回全国高校サッカー選手権大会(2年ぶり16回目) 準優勝 熊本県勢・公立勢史上初の選手権決勝進出、全国準優勝(森田大智主将)
2022年度 大津 第101回全国高校サッカー選手権大会(2年連続17回目) ベスト4(3位) 2年連続国立4強進出、準決勝で東山にPK惜敗(小林俊瑛)
2023年度 大津 第102回全国高校サッカー選手権大会(3年連続18回目) 3回戦敗退(ベスト16) 初戦快勝、3回戦で昌平にPK惜敗(碇明日麻)
2024年度 大津 第103回全国高校サッカー選手権大会(4年連続19回目) 3回戦敗退(ベスト16) 初戦突破、3回戦進出
2025年度 大津 第104回全国高校サッカー選手権大会(5年連続20回目) 3回戦進出 富山第一に勝利、3回戦進出

全国高校総体(インターハイ)

出場26回(準優勝2回、ベスト4 3回、ベスト8 2回、ベスト16 5回)

年度 高校名 大会名(出場回数) 成績・結果 備考
1993年 大津 ’93栃木総体 県予選 県予選敗退 代表:熊本農
1994年 大津 ’94富山総体 県予選 県予選敗退 代表:熊本商
1995年 大津 ’95鳥取総体 県予選 県予選敗退 代表:熊本商
1996年 大津 ’96山梨総体 県予選 県予選敗退 代表:熊本農
1997年 大津 ’97京都総体 県予選 県予選敗退 代表:熊本商
1998年 大津 ’98香川総体 県予選 県予選敗退 代表:熊本国府
1999年 大津 ’99岩手総体(4回目) 2回戦進出 平岡監督就任後インハイ初出場
2000年 大津 2000年岐阜総体(5回目) 2回戦進出 初戦突破
2001年 大津 ひのくに新世紀総体 県予選 県予選敗退 代表:熊本国府・ルーテル学院
2002年 大津 2002年茨城総体(6回目) 3回戦敗退(ベスト16) 初戦突破、ベスト16進出
2003年 大津 長崎ゆめ総体(7回目) 2回戦進出 初戦突破
2004年 大津 中国04総体(8回目) 2回戦進出 初戦突破
2005年 大津 2005年千葉きらめき総体(9回目) 2回戦進出 初戦突破
2006年 大津 06総体THE近畿(10回目) 3回戦敗退(ベスト16) ベスト16進出
2007年 大津 2007青春・佐賀総体(11回目) 3回戦敗退(ベスト16) ベスト16進出
2008年 大津 彩夏到来08埼玉総体(12回目) ベスト4(3位) インハイ初の全国4強進出(谷口彰悟)
2009年 大津 2009近畿まほろば総体(13回目) 2回戦進出 初戦突破(谷口彰悟、車屋紳太郎)
2010年 大津 美ら島沖縄総体2010 県予選 県予選敗退 代表:ルーテル学院
2011年 大津 2011熱戦再来 北東北総体(14回目) 3回戦敗退(ベスト16) 植田直通、豊川雄太
2012年 大津 2012 北信越かがやき総体(15回目) 1回戦敗退 初戦敗退(植田直通、豊川雄太)
2013年 大津 2013 未来をつなぐ 北部九州総体(16回目) ベスト8 準々決勝進出
2014年 大津 煌めく青春 南関東総体2014(17回目) 準優勝 インハイ初の決勝進出・全国準優勝(決勝で東福岡に延長惜敗)
2015年 大津 2015 君が創る 近畿総体(18回目) 2回戦進出 野田裕喜、一美和成
2016年 大津 2016 情熱疾走 中国総体 県予選 県予選敗退 代表:熊本国府
2017年 大津 はばたけ世界へ 南東北総体 2017 県予選 県予選敗退 代表:東海大熊本星翔/宇城市教育長就任に伴い総監督就任
2018年 大津 2018 彩る感動 東海総体(19回目) ベスト8 準々決勝進出(福島隼斗、水野雄太、濃野公人)
2019年 大津 感動は無限大 南部九州総体 2019(20回目) 2回戦進出 初戦突破
2020年 大津 2020 魅せろ躍動 北関東総体 大会中止 新型コロナウイルス感染症拡大の影響により中止
2021年 大津 輝け君の汗と涙 北信越総体 2021(21回目) ベスト4(3位) 全国4強進出(森田大智)
2022年 大津 躍動の青い力 四国総体 2022(22回目) 3回戦敗退(ベスト16) 小林俊瑛
2023年 大津 翔び立て若き翼 北海道総体 2023(23回目) 2回戦進出 碇明日麻
2024年 大津 駆け抜けて未来へ 2024 北部九州総体(24回目) 3回戦敗退(ベスト16) ベスト16
2025年 大津 中国総体 2025(25回目) 準優勝 11年ぶり2度目のインハイ全国準優勝(決勝で神村学園とPK戦惜敗)
2026年 大津 福島総体 2026(26回目) ベスト4(3位) 準決勝で静岡学園に0-1惜敗、全国4強進出

高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会

出場4回

年度 高校名 大会名(出場回数) 成績・結果 備考
1999年 大津 第10回全日本ユースサッカー選手権大会(初出場) グループリーグ敗退 初出場・1次ラウンド敗退
2002年 大津 第13回全日本ユースサッカー選手権大会(2回目) グループリーグ敗退 1次ラウンド敗退
2004年 大津 第15回全日本ユースサッカー選手権大会(3回目) グループリーグ敗退 1次ラウンド敗退
2008年 大津 第19回全日本ユースサッカー選手権大会(4回目) グループリーグ敗退 1次ラウンド敗退(谷口彰悟)

高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ / プリンスリーグ九州

プレミアリーグファイナル全国優勝:1回(2024年) プレミアリーグWEST優勝:1回(2024年) プリンスリーグ九州優勝:多数

年度 高校名 大会名(出場回数) 成績・結果 備考
2003年 大津 第1回プリンスリーグ九州 優勝 初代王者
2004年 大津 第2回プリンスリーグ九州 優勝 2連覇達成
2005年 大津 第3回プリンスリーグ九州 優勝 3連覇達成
2008年 大津 第6回プリンスリーグ九州 優勝 通算4回目の優勝(谷口彰悟)
2010年 大津 第8回プリンスリーグ九州1部 優勝 通算5回目の優勝(車屋紳太郎、植田直通)
2013年 大津 第11回プリンスリーグ九州1部 優勝 プレミア参入戦進出
2014年 大津 第12回プリンスリーグ九州 優勝 プレミア参入戦勝利、WEST昇格決定(野田裕喜、一美和成)
2015年 大津 プレミアリーグWEST 9位(残留) プレミアリーグ初参戦、残留(野田裕喜、一美和成)
2016年 大津 プレミアリーグWEST 10位(降格) プリンス九州降格
2018年 大津 第16回プリンスリーグ九州 優勝 プレミアプレーオフ勝利、WEST復帰決定(福島隼斗)
2019年 大津 プレミアリーグWEST 6位(残留) WEST残留
2021年 大津 プレミアリーグWEST 6位(残留) WEST残留
2022年 大津 プレミアリーグWEST 6位(残留) WEST残留
2023年 大津 プレミアリーグWEST 4位(残留) 上位争いを演じる
2024年 大津 プレミアリーグWEST / ファイナル 優勝(日本一) プレミアWEST初優勝&ファイナル制覇で高体連史上初の真の日本一達成
2025年 大津 プレミアリーグWEST 3位(残留) Jユース強豪と首位争い
2026年 大津 プレミアリーグWEST 参戦中 高校年代最高峰リーグで躍動中

5. 選手経歴・選手総評

選手総評

熊本県松橋町出身。松橋中学校時代から俊足巧みなミッドフィールダーとして頭角を現し、「日本一のサッカー選手になる」という強い意志を抱いて上京、名門・帝京高校へ進学した。

名将・古沼貞雄監督の薫陶を受け、1年次から厳しい競争を勝ち抜いてレギュラーの座を獲得。高校2年時(1982年度)には夏のインターハイで全国優勝を果たし、冬の第61回全国高校選手権でも国立準決勝まで勝ち上がって全国3位(ベスト4)を記録した。キャプテンに就任した高校3年時(1983年度・第62回大会)には強烈なリーダーシップと戦術眼でチームを牽引し、決勝で清水東高校を1-0で破り選手権全国制覇を達成。主将として深紅の優勝旗を掲げ、ユース日本代表にも名を連ねるなど、当時の高校サッカー界を代表する名手として全国にその名を轟かせた。

高校卒業後は筑波大学体育専門学群へ進学し、名門蹴球部で司令塔および主将として活躍。総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント優勝や関東大学サッカーリーグ優勝に大きく貢献した。プロ創成期の日本サッカー界において実業団トップチームからの誘いを受けながらも、自らの信念に従って教職を選択し、故郷・熊本へ帰還。帝京高校と筑波大学で体得した「勝者のメンタリティ」と「論理的・科学的な指導理論」が、のちに大津高校をゼロから日本一へと導く不滅の指導基盤となった。

選手経歴

  • 高校時代:帝京高等学校 サッカー部
    1年次よりレギュラー獲得。1982年度(高校2年時):昭和57年度全国高校総体(インターハイ)優勝、第61回全国高校サッカー選手権大会 3位(ベスト4)。1983年度(高校3年時):第62回全国高校サッカー選手権大会 優勝(主将として全国制覇達成)。日本高校選抜、U-19ユース日本代表。
  • 大学時代:筑波大学 体育専門学群 蹴球部
    主将としてチームを牽引。総理大臣杯全日本大学サッカートーナメント 優勝、関東大学サッカーリーグ戦 優勝。
  • 社会人時代:実業団トップチームからの勧誘を固辞し、教員として熊本県公立高校教員に採用。