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財前 恵一(室蘭大谷高校)高校サッカーヒーロー列伝

財前恵一_室蘭大谷

財前 恵一(室蘭大谷高校 北海道)高校サッカーヒーロー列伝

総評

北の大地に咲いた気品あふれるテクニシャンであり、広い視野と正確無比な長短のパスで攻撃を自在に操った室蘭大谷高校の絶対的ゲームメーカー。名将・高橋正弘監督が築いた雪国の名門で背番号10を背負い、同期の野田知らと共にチームの黄金期を牽引した。

高校2年時の1985年石川インターハイでは卓越したゲームメイクで全国準優勝を達成。主将として臨んだ3年時の第65回全国高校選手権では、準々決勝の宇都宮学園戦で高校サッカー史に語り継がれる「PK戦15-14」の壮絶な死闘を制して全国3位(ベスト4)へ進出。大会優秀選手および日本高校選抜に選出された。

卒業後は日産自動車(後の横浜マリノス)でJSL3冠を経験し、コンサドーレ札幌の初代背番号10としても活躍。引退後も札幌の監督やアカデミー指導者として数多くの逸材を育成するなど、北海道サッカー史を象徴する伝説の司令塔である。

所属チーム

室蘭大谷高等学校(現・北海道大谷室蘭高等学校)

生年月日

1968年6月17日

サイズ(身長・体重)

173cm / 65kg

ポジション

MF

出身チーム

  • 3種:室蘭市立鶴ヶ崎中学校サッカー部(北海道室蘭市)
  • 4種:鶴ヶ崎サッカースポーツ少年団(北海道室蘭市)

出場大会

高校

高校サッカー選手権
  • 1年時(1984年度・第63回):北海道予選 準優勝(全国大会不出場)
  • 2年時(1985年度・第64回):北海道予選 優勝、全国大会 3回戦敗退(ベスト16)
  • 3年時(1986年度・第65回):主将として北海道予選 優勝、全国大会 3位(ベスト4)(大会優秀選手選出)
高校総体
  • 1年時(1984年度・秋田総体):北海道予選 優勝、全国大会 2回戦敗退(※自身はベンチ外・出場なし)
  • 2年時(1985年度・石川総体):北海道予選 優勝、全国大会 準優勝
  • 3年時(1986年度・山口総体):主将として北海道予選 優勝、全国大会 2回戦敗退
全日本ユース(高円宮杯)
  • 1年時(1984年度):該当なし(※大会創設前)
  • 2年時(1985年度):該当なし(※大会創設前)
  • 3年時(1986年度):該当なし(※大会創設前)
国民体育大会(国体)
  • 1年時(1984年・わかくさ奈良国体):該当なし(未選出・不出場)
  • 2年時(1985年・わかとり鳥取国体):北海道選抜としてサッカー少年の部 出場
  • 3年時(1986年・かいじ山梨国体):北海道選抜としてサッカー少年の部 出場




代表歴

高校時代の代表・選抜歴

  • 世代別日本代表:U-17 / U-19日本代表候補
  • 日本高校選抜:1987年選出(第65回選手権大会優秀選手・欧州遠征参加)
  • 都道府県選抜:北海道選抜(1985年鳥取国体、1986年山梨国体 出場)
  • Jリーグ選抜:該当なし

高校時代の代表歴について

室蘭市立鶴ヶ崎中学時代から卓越したボールコントロールで名を馳せ、名門・室蘭大谷高校へ進学。高校2年・3年時には世代別日本代表候補に選出され、北海道選抜の司令塔としても国体の舞台で存在感を示した。

高校2年時のインターハイ準優勝に続き、3年時の第65回全国選手権では主将としてチームを全国4強へ導き、大会優秀選手および日本高校選抜に選出。欧州遠征(デュッセルドルフ国際ユース大会等)でも欧州強豪クラブを相手に繊細なテクニックと高い戦術眼を発揮し、雪国・北海道が生んだ最高峰のゲームメーカーとして全国のスカウトから絶賛された。

卒業後の進路

大学

該当なし(高卒で日産自動車へ加入)

プロ・社会人

  • 日産自動車サッカー部 / 横浜マリノス(JSL1部 / Jリーグ / 1987年 – 1993年、1995年 / JSL3冠達成、1989・1991・1992年天皇杯優勝)
  • 柏レイソル(旧JFL / 1994年 / Jリーグ昇格に貢献)
  • コンサドーレ札幌(旧JFL / 1996年 / 現役引退 / 創設メンバー・初代背番号10)

日本代表

該当なし

卒業後のキャリアの総評

1987年に高校卒業後、JSLの強豪・日産自動車サッカー部へ加入。木村和司や水沼貴史ら錚々たるスター選手と共に黄金期を支え、JSLや天皇杯など数々の国内タイトル獲得を経験した。

1994年に柏レイソルのJリーグ昇格に貢献した後、1996年には地元・北海道に誕生したコンサドーレ札幌の初代背番号10として加入。チームの立ち上げを牽引し、同年に現役を引退した。

引退後は指導者として卓越した手腕を発揮し、札幌ユース監督やアビスパ福岡U-18監督を経て、2013年にはコンサドーレ札幌のトップチーム監督に就任。現在は札幌国際大学監督として後進の育成に尽力している。