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松澤隆司(鹿児島実業高校)高校サッカー名将列伝

松澤隆司_鹿児島実業

松澤隆司(鹿児島実業高校)高校サッカー名将列伝

1. 監督総評

1966年に鹿児島実業高等学校サッカー部監督に就任。当時無名だったチームを「泥臭く走り勝つサッカー」と「徹底した人間教育」で鍛え上げ、四半世紀をかけて全国屈指の超名門へと押し上げた高校サッカー界の巨頭。長崎・島原商業高校の小嶺忠敏監督に倣い、マイクロバスを自ら運転して全国の強豪校を巡る過酷な遠征を敢行。「強靭なフィジカル」「組織的なハイプレス」「最後まで走り抜く走力」をベースに、選手の個性を最大限に伸ばす独自の育成理論を確立した。

全国高校サッカー選手権では優勝2回(1995年度の両校優勝、2004年度の単独優勝)、準優勝3回(1990年度、1999年度、2005年度)を達成。全国高校総体(インターハイ)準優勝(1993年度)、高円宮杯全日本ユース選手権優勝(1996年度)と合わせ、高校年代の主要タイトルをことごとく獲得した。

前園真聖、城彰二、平瀬智行、遠藤保仁、松井大輔、那須大亮、藤山竜仁、田原豊、伊野波雅彦、岩下敬輔ら、日本代表の主軸やJリーグを牽引する名手を数多く育成。「情熱と我慢」「選手の個性を型にはめず伸ばす」指導哲学によって鹿児島に確固たるサッカー文化を築き上げた不世出の名将である。

2. 基本情報

  • 氏名:松澤 隆司(マツザワ タカシ)
  • 生年月日:1940年10月19日(昭和15年10月19日)
  • 没年月日:2017年8月11日
  • 現所属:元・鹿児島実業高等学校 サッカー部 監督・総監督(元・鹿児島県サッカー協会副理事長、九州サッカー協会常任理事)

3. 指導歴

  • 1966年 – 2000年:鹿児島実業高等学校 サッカー部 監督
  • 2001年 – 2011年:鹿児島実業高等学校 サッカー部 総監督

4. 指導者戦績

全国高校サッカー選手権

出場23回 優勝:2回 準優勝:3回 ベスト4:3回 ベスト8:6回(※1966年度〜2010年度の監督・総監督在任時)

年度 高校名 大会名(出場回数) 成績・結果 備考
1966年鹿児島実業高校第45回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退監督就任初年度 / 加治木高校が県代表
1967年鹿児島実業高校第46回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選優勝九州代表決定戦敗退のため本大会不出場
1968年鹿児島実業高校第47回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選優勝九州代表決定戦敗退のため本大会不出場
1969年鹿児島実業高校第48回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が県代表
1970年鹿児島実業高校第49回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選準優勝決勝で鹿児島工業高校に0-3敗退
1971年鹿児島実業高校第50回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退鹿児島工業高校が県代表
1972年鹿児島実業高校第51回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選準優勝決勝で鹿児島商業高校に0-1敗退
1973年鹿児島実業高校第52回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が県代表
1974年鹿児島実業高校第53回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選準優勝決勝で鹿児島商業高校に1-1(PK敗退)
1975年鹿児島実業高校第54回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退鹿児島工業高校が県代表
1976年鹿児島実業高校第55回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が県代表
1977年鹿児島実業高校第56回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選準優勝決勝で鹿児島商業高校に0-1敗退
1978年鹿児島実業高校第57回全国高校サッカー選手権(初出場)2回戦進出選手権本大会初出場 / 1回戦で水戸商業に3-0勝利、2回戦で古河第一に0-1惜敗
1979年鹿児島実業高校第58回全国高校サッカー選手権(2年連続2回目)1回戦敗退1回戦で帝京高校に0-3敗退
1980年鹿児島実業高校第59回全国高校サッカー選手権(3年連続3回目)2回戦進出1回戦で新宮に4-0勝利、2回戦で韮崎に0-1惜敗
1981年鹿児島実業高校第60回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選準優勝決勝で鹿児島商業高校に1-3敗退
1982年鹿児島実業高校第61回全国高校サッカー選手権(2年ぶり4回目)2回戦進出1回戦で米子東に4-0勝利、2回戦で守山にPK惜敗
1983年鹿児島実業高校第62回全国高校サッカー選手権(2年連続5回目)2回戦(初戦)敗退2回戦で四日市中央工業高校に0-1惜敗
1984年鹿児島実業高校第63回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選準優勝決勝で鹿児島商業高校に1-1(PK敗退)
1985年鹿児島実業高校第64回全国高校サッカー選手権(2年ぶり6回目)ベスト8選手権初の全国8強進出 / 準々決勝で秋田商業に0-2敗退
1986年鹿児島実業高校第65回全国高校サッカー選手権(2年連続7回目)3回戦進出(ベスト16)3回戦で室蘭大谷高校に0-1惜敗(片野坂知宏)
1987年鹿児島実業高校第66回全国高校サッカー選手権(3年連続8回目)2回戦進出1回戦で東北に3-0勝利、2回戦で市立船橋に0-3敗退(前田浩二)
1988年鹿児島実業高校第67回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退加治木工業高校が県代表
1989年鹿児島実業高校第68回全国高校サッカー選手権(2年ぶり9回目)ベスト8準々決勝で武南高校に1-1(PK2-4)惜敗(前園真聖、藤山竜仁)
1990年鹿児島実業高校第69回全国高校サッカー選手権(2年連続10回目)準優勝同校初の全国準優勝 / 決勝で国見高校に0-1惜敗(前園真聖、藤山竜仁、仁田尾博幸、若松賢治)
1991年鹿児島実業高校第70回全国高校サッカー選手権(3年連続11回目)ベスト8準々決勝で市立船橋高校に0-0(PK4-5)惜敗(前園真聖)
1992年鹿児島実業高校第71回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選準優勝決勝でれいめい高校に0-1惜敗(城彰二、遠藤彰弘)
1993年鹿児島実業高校第72回全国高校サッカー選手権(2年ぶり12回目)ベスト4(3位)全国4強進出 / 準決勝で国見高校に敗退(城彰二、遠藤彰弘)
1994年鹿児島実業高校第73回全国高校サッカー選手権(2年連続13回目)ベスト8準々決勝で奈良育英高校に1-1(PK1-4)惜敗(平瀬智行)
1995年鹿児島実業高校第74回全国高校サッカー選手権(3年連続14回目)優勝(両校優勝)選手権全国初制覇 / 決勝で静岡学園高校と2-2引き分け両校優勝(平瀬智行、遠藤保仁、有村圭一郎)
1996年鹿児島実業高校第75回全国高校サッカー選手権(4年連続15回目)ベスト8準々決勝で徳島市立高校に1-1(PK2-3)惜敗(遠藤保仁、田畑輝樹)
1997年鹿児島実業高校第76回全国高校サッカー選手権(5年連続16回目)2回戦進出2回戦で前橋育英高校に0-1惜敗(遠藤保仁)
1998年鹿児島実業高校第77回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選準優勝決勝で鹿児島工業高校に0-1惜敗(那須大亮、松井大輔)
1999年鹿児島実業高校第78回全国高校サッカー選手権(2年ぶり17回目)準優勝全国準優勝 / 決勝で市立船橋高校に0-2惜敗(那須大亮、松井大輔、上本大海、田原豊)
2000年鹿児島実業高校第79回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選準優勝決勝で鹿児島城西高校に1-1(PK2-4)惜敗(田原豊、上本大海)
2001年鹿児島実業高校第80回全国高校サッカー選手権(2年ぶり18回目)ベスト4(3位)全国4強進出 / 準決勝で国見高校に0-0(PK3-5)惜敗(松下年宏、赤嶺真吾)
2002年鹿児島実業高校第81回全国高校サッカー選手権(2年連続19回目)2回戦(初戦)敗退2回戦で青森山田高校に0-0(PK3-5)惜敗(登尾顕徳、伊野波雅彦)
2003年鹿児島実業高校第82回全国高校サッカー選手権(3年連続20回目)ベスト4(3位)全国4強進出 / 準決勝で国見高校に1-2惜敗(伊野波雅彦、岩下敬輔)
2004年鹿児島実業高校第83回全国高校サッカー選手権(4年連続21回目)優勝9年ぶり2度目の全国制覇(初の単独優勝) / 決勝で市立船橋高校をPK戦で破り優勝(岩下敬輔、西岡謙太)
2005年鹿児島実業高校第84回全国高校サッカー選手権(5年連続22回目)準優勝2年連続決勝進出・全国準優勝 / 決勝で野洲高校に1-2(延長)惜敗(岩下敬輔、西岡謙太、赤尾公)
2006年鹿児島実業高校第85回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退神村学園が県代表
2007年鹿児島実業高校第86回全国高校サッカー選手権(2年ぶり23回目)2回戦(初戦)敗退2回戦で仙台育英高校に0-1惜敗
2008年鹿児島実業高校第87回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退鹿児島城西高校が県代表
2009年鹿児島実業高校第88回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退神村学園が県代表
2010年鹿児島実業高校第89回全国高校サッカー選手権鹿児島県予選敗退神村学園が県代表

全国高校総体(インターハイ)

出場24回 優勝:0回 準優勝:1回 ベスト4:0回 ベスト8:多数(※1966年度〜2010年度の監督・総監督在任時)

年度 高校名 大会名(出場回数) 成績・結果 備考
1966年鹿児島実業高校昭和41年度全国高校総体鹿児島県予選敗退監督就任初年度 / 出水工業高校が出場
1967年鹿児島実業高校昭和42年度全国高校総体(初出場)1回戦敗退インターハイ全国初出場
1968年鹿児島実業高校昭和43年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島工業高校が出場
1969年鹿児島実業高校昭和44年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が出場
1970年鹿児島実業高校昭和45年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が出場
1971年鹿児島実業高校昭和46年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島工業高校が出場
1972年鹿児島実業高校昭和47年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が出場
1973年鹿児島実業高校昭和48年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が出場
1974年鹿児島実業高校昭和49年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が出場
1975年鹿児島実業高校昭和50年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が出場
1976年鹿児島実業高校昭和51年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島工業高校が出場
1977年鹿児島実業高校昭和52年度全国高校総体(10年ぶり2回目)2回戦進出10年ぶりの総体出場
1978年鹿児島実業高校昭和53年度全国高校総体(2年連続3回目)2回戦進出
1979年鹿児島実業高校昭和54年度全国高校総体(3年連続4回目)2回戦進出
1980年鹿児島実業高校昭和55年度全国高校総体(4年連続5回目)3回戦進出
1981年鹿児島実業高校昭和56年度全国高校総体(5年連続6回目)2回戦進出
1982年鹿児島実業高校昭和57年度全国高校総体(6年連続7回目)3回戦進出鹿児島開催枠(鹿児島商とともに県代表)
1983年鹿児島実業高校昭和58年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が出場
1984年鹿児島実業高校昭和59年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が出場
1985年鹿児島実業高校昭和60年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島商業高校が出場
1986年鹿児島実業高校昭和61年度全国高校総体(4年ぶり8回目)3回戦進出(片野坂知宏)
1987年鹿児島実業高校昭和62年度全国高校総体(2年連続9回目)2回戦進出(前田浩二)
1988年鹿児島実業高校昭和63年度全国高校総体(3年連続10回目)2回戦進出
1989年鹿児島実業高校平成元年度全国高校総体(4年連続11回目)3回戦進出(前園真聖、藤山竜仁)
1990年鹿児島実業高校平成2年度全国高校総体(5年連続12回目)ベスト8(前園真聖、藤山竜仁)
1991年鹿児島実業高校平成3年度全国高校総体(6年連続13回目)3回戦進出(前園真聖)
1992年鹿児島実業高校平成4年度全国高校総体(7年連続14回目)3回戦進出(城彰二、遠藤彰弘)
1993年鹿児島実業高校平成5年度全国高校総体(8年連続15回目)準優勝総体初の全国準優勝 / 決勝で国見高校に惜敗(城彰二、遠藤彰弘)
1994年鹿児島実業高校平成6年度全国高校総体(9年連続16回目)3回戦進出(平瀬智行)
1995年鹿児島実業高校平成7年度全国高校総体(10年連続17回目)ベスト8(平瀬智行、遠藤保仁)
1996年鹿児島実業高校平成8年度全国高校総体鹿児島県予選敗退れいめい高校が出場
1997年鹿児島実業高校平成9年度全国高校総体(2年ぶり18回目)3回戦進出(遠藤保仁)
1998年鹿児島実業高校平成10年度全国高校総体(2年連続19回目)3回戦進出(那須大亮、松井大輔)
1999年鹿児島実業高校平成11年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島城西高校が出場
2000年鹿児島実業高校平成12年度全国高校総体(2年ぶり20回目)2回戦進出(田原豊、上本大海)
2001年鹿児島実業高校平成13年度全国高校総体(2年連続21回目)3回戦進出(松下年宏)
2002年鹿児島実業高校平成14年度全国高校総体鹿児島県予選敗退松陽高校が出場
2003年鹿児島実業高校平成15年度全国高校総体(2年ぶり22回目)2回戦進出(伊野波雅彦)
2004年鹿児島実業高校平成16年度全国高校総体(2年連続23回目)3回戦進出(岩下敬輔、西岡謙太)
2005年鹿児島実業高校平成17年度全国高校総体(3年連続24回目)3回戦進出(岩下敬輔、西岡謙太、赤尾公)
2006年鹿児島実業高校平成18年度全国高校総体鹿児島県予選敗退松陽高校が出場
2007年鹿児島実業高校平成19年度全国高校総体鹿児島県予選敗退神村学園が出場
2008年鹿児島実業高校平成20年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島城西高校が出場
2009年鹿児島実業高校平成21年度全国高校総体鹿児島県予選敗退神村学園が出場
2010年鹿児島実業高校平成22年度全国高校総体鹿児島県予選敗退鹿児島城西高校が出場

高円宮杯 JFA U-18 / 全日本ユース

出場6回 優勝:1回 準優勝:1回 ベスト4:1回 ベスト8:0回(※1989年度創設以降、2010年度まで)

年度 高校名 大会名(出場回数) 成績・結果 備考
1989年鹿児島実業高校第1回全日本ユース選手権未開催1990年大会創設
1990年鹿児島実業高校第1回全日本ユース選手権九州予選敗退大会創設初年度
1991年鹿児島実業高校第2回全日本ユース選手権(初出場)1回戦(初戦)敗退ユース選手権初出場 / 1回戦敗退(前園真聖)
1992年鹿児島実業高校第3回全日本ユース選手権九州予選敗退
1993年鹿児島実業高校第4回全日本ユース選手権(2年ぶり2回目)準優勝初の全国準優勝 / 決勝で清水商業高校に惜敗(城彰二、遠藤彰弘)
1994年鹿児島実業高校第5回全日本ユース選手権九州予選敗退
1995年鹿児島実業高校第6回全日本ユース選手権(2年ぶり3回目)1回戦(初戦)敗退1回戦敗退(平瀬智行、遠藤保仁)
1996年鹿児島実業高校第7回全日本ユース選手権(2年連続4回目)優勝ユース選手権全国初制覇 / 決勝で東福岡高校に5-1大勝(遠藤保仁、田畑輝樹)
1997年鹿児島実業高校第8回全日本ユース選手権九州予選敗退
1998年鹿児島実業高校第9回全日本ユース選手権九州予選敗退
1999年鹿児島実業高校第10回全日本ユース選手権九州予選敗退
2000年鹿児島実業高校第11回全日本ユース選手権九州予選敗退
2001年鹿児島実業高校第12回全日本ユース選手権九州予選敗退
2002年鹿児島実業高校第13回全日本ユース選手権九州予選敗退
2003年鹿児島実業高校第14回全日本ユース選手権九州予選敗退
2004年鹿児島実業高校第15回全日本ユース選手権(8年ぶり5回目)ベスト4(3位)全国4強進出 / 準決勝でジュビロ磐田ユースに惜敗(岩下敬輔、西岡謙太)
2005年鹿児島実業高校第16回全日本ユース選手権(2年連続6回目)決勝ラウンド進出1次ラウンド突破、決勝T進出(岩下敬輔、西岡謙太、赤尾公)
2006年鹿児島実業高校第17回全日本ユース選手権九州予選敗退
2007年鹿児島実業高校第18回全日本ユース選手権九州予選敗退
2008年鹿児島実業高校第19回全日本ユース選手権九州予選敗退
2009年鹿児島実業高校第20回全日本ユース選手権九州予選敗退
2010年鹿児島実業高校第21回全日本ユース選手権九州予選敗退

5. 選手経歴

(1) 出身チーム

  • 2種(高校・ユース):鹿児島市立鹿児島商業高等学校 サッカー部
  • 3種(中学・ジュニアユース):鹿児島市立甲南中学校 サッカー部
  • 4種(小学・ジュニア・少年団):鹿児島市内少年団

(2) 卒業後の進路

  • 大学:なし(高校卒業後、一般企業に就職)
  • 社会人・実業団:一般企業(民間企業勤務後、無線通信士を目指す過程で鹿児島実業高校教員に採用)
  • プロ:なし
  • 日本代表:該当なし

(3) 選手時代の総評

鹿児島市に生まれ、市立甲南中学校で本格的にサッカーを始める。県内屈指の名門である鹿児島商業高校に進学し、厳しい練習の中で確かな基礎技術と勝負勘を養った。高校2年次の1958年には第37回全国高校サッカー選手権大会に出場を果たしたが、2回戦で静岡県立藤枝東高校に敗れた。

高校卒業後は大学へ進学せず一般企業に就職。その後、知人の勧めもあり無線通信士の国家資格取得を目指して勉学に励んでいた。上級資格試験を控えた時期に鹿児島実業高校から教員として声がかかり、当初は短期間の約束で教壇に立ちサッカー部顧問を引き受けた。しかし、就任直後の九州大会予選でチームが優勝を果たしたことを契機に本格的な指導者人生を歩む決意を固めた。自らの選手経験と挫折を糧に、選手個々の自主性と泥臭い闘争心を育む情熱的な指導スタイルを築き上げていった。