中村真吾(米子北)高校サッカー強豪校監督
目次
1. 監督総評
中村真吾は、鳥取県の米子北高校サッカー部を全国屈指の強豪校へと押し上げた指導者である。現役時代は米子東高校から福岡大学へ進学してプレーした。大学卒業後に指導者の道へ進み、同校サッカー部の礎を築いた城市徳之総監督とともに二人三脚で指導体制を確立。長年コーチ・ヘッドコーチとしてチームを支え、2009年インターハイ準優勝などに貢献したのち、2015年度より正式にトップチームの監督に就任した。
指導における最大の特長は、徹底したハードワーク、強烈な球際のプレッシング、そしてボール奪取から電光石火でゴールへ迫る高速カウンター(堅守速攻)にある。地方のハンディキャップを厳しい鍛錬と豊富な運動量で克服し、激戦区の全国大会でも屈指の勝負強さを発揮。監督就任後も2017年度の第96回全国高校サッカー選手権大会で全国ベスト8に進出し、2021年度の全国高校総体(インターハイ)では青森山田高校と延長激闘を演じて全国準優勝を達成した。最高峰リーグである高円宮杯プレミアリーグWESTにも定着させ、山陰サッカー界の歴史を塗り替え続けている。
2. 基本情報
- 氏名:中村 真吾(なかむら しんご)
- 生年月日:1973年4月11日
- 出身地:鳥取県米子市
- 出身校:鳥取県立米子東高等学校 → 福岡大学
- 指導チーム:米子北高等学校
- 役職:サッカー部監督(同校教諭)
3. 指導歴
- 1996年〜2014年:米子北高等学校 サッカー部 コーチ / ヘッドコーチ
- 2015年〜:米子北高等学校 サッカー部 監督
4. 大会の戦績
全国高校サッカー選手権大会(全国大会・鳥取県予選)
監督通算全国大会出場回数:10回(最高成績:全国ベスト8・1回)※2015年度監督就任以降
| 年度 | 高校名 | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2015年度 | 米子北 | 第94回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国2回戦敗退 | 2回戦:0-3 市立船橋(県予選優勝・監督就任1年目) |
| 2016年度 | 米子北 | 第95回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国2回戦敗退 | 2回戦:0-1 市立船橋(県予選優勝) |
| 2017年度 | 米子北 | 第96回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国ベスト8 | 準々決勝:0-3 前橋育英(県予選優勝) |
| 2018年度 | 米子北 | 第97回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国3回戦敗退(ベスト16) | 3回戦:0-1 丸岡(県予選優勝) |
| 2019年度 | 米子北 | 第98回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国1回戦敗退 | 1回戦:0-6 青森山田(県予選優勝) |
| 2020年度 | 米子北 | 第99回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国1回戦敗退 | 1回戦:0-1 山梨学院(県予選優勝) |
| 2021年度 | 米子北 | 第100回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国2回戦敗退 | 2回戦:2-2(PK2-3) 矢板中央(県予選優勝) |
| 2022年度 | 米子北 | 第101回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国1回戦敗退 | 1回戦:1-2 昌平(県予選優勝) |
| 2023年度 | 米子北 | 第102回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国2回戦敗退 | 2回戦:1-1(PK3-4) 昌平(県予選優勝) |
| 2024年度 | 米子北 | 第103回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国2回戦敗退 | 県予選優勝(県予選15連覇) |
| 2025年度 | 米子北 | 第104回全国高校サッカー選手権大会(全国出場) | 全国大会出場 | 県予選優勝(県予選16連覇) |
| 2026年度 | 米子北 | 第105回全国高校サッカー選手権鳥取県予選 | 県予選 進行中 | 大会開催中 |
全国高校総体(インターハイ)(全国大会・鳥取県予選)
監督通算全国大会出場回数:9回(最高成績:全国準優勝・1回)※2015年度監督就任以降
| 年度 | 高校名 | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2015年度 | 米子北 | 平成27年度全国高校総体(全国出場) | 全国ベスト8 | 準々決勝:1-3 立正大淞南(県予選優勝) |
| 2016年度 | 米子北 | 平成28年度全国高校総体(全国出場) | 全国ベスト8 | 準々決勝:1-2 青森山田(県予選優勝) |
| 2017年度 | 米子北 | 平成29年度全国高校総体(全国出場) | 全国1回戦敗退 | 1回戦:0-1 帝京第三(県予選優勝) |
| 2018年度 | 米子北 | 平成30年度全国高校総体(全国出場) | 全国ベスト8 | 準々決勝:0-2 桐光学園(県予選優勝) |
| 2019年度 | 米子北 | 令和元年度全国高校総体(全国出場) | 全国3回戦敗退(ベスト16) | 3回戦:0-1 富山第一(県予選優勝) |
| 2020年度 | 米子北 | 令和2年度全国高校総体 | 大会中止 | 新型コロナウイルス感染拡大の影響により中止 |
| 2021年度 | 米子北 | 令和3年度全国高校総体(全国出場) | 全国準優勝(2位) | 決勝:1-2(延長) 青森山田(監督として初の全国準優勝) |
| 2022年度 | 米子北 | 令和4年度全国高校総体(全国出場) | 全国ベスト8 | 準々決勝:0-2 昌平(県予選優勝) |
| 2023年度 | 米子北 | 令和5年度全国高校総体(全国出場) | 全国3回戦敗退(ベスト16) | 3回戦:0-1 尚志(県予選優勝) |
| 2024年度 | 米子北 | 令和6年度全国高校総体(全国出場) | 全国ベスト8 | 準々決勝:0-1 神村学園(県予選優勝) |
| 2025年度 | 米子北 | 令和7年度全国高校総体(全国出場) | 全国大会出場 | 県予選優勝 |
| 2026年度 | 米子北 | 令和8年度全国高校総体鳥取県予選 | 県予選上位 | 大会開催中 |
高円宮杯U-18サッカーリーグ(プレミアリーグWEST・プリンスリーグ中国等)
| 年度 | 高校名 | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2009年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国1部 | 第3位 | コーチ担当時 |
| 2010年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国1部 | 第2位 | 高円宮杯全日本ユース選手権出場 |
| 2011年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国1部 | 第2位 | プレミアリーグ参入戦敗退 |
| 2012年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国1部 | 第2位 | プレミアリーグ参入戦敗退 |
| 2013年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国 | 第4位 | プリンス中国残留 |
| 2014年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国 | 第2位 | プレミアリーグ参入戦敗退 |
| 2015年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国 | 第1位(優勝) | 監督就任初年度・プレミア参入戦敗退 |
| 2016年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国 | 第1位(優勝) | プレミアリーグ参入戦勝利・昇格決定 |
| 2017年度 | 米子北 | 高円宮杯 プレミアリーグWEST | 第7位 | プレミアWEST残留達成 |
| 2018年度 | 米子北 | 高円宮杯 プレミアリーグWEST | 第10位 | プリンス中国へ降格 |
| 2019年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国 | 第2位 | プリンス中国上位 |
| 2020年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国 | 第2位 | コロナ禍による変則開催 |
| 2021年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国 | 第1位(優勝) | プレミアリーグプレーオフ敗退 |
| 2022年度 | 米子北 | 高円宮杯 プリンスリーグ中国 | 第1位(優勝) | プレミアリーグプレーオフ勝利・昇格決定 |
| 2023年度 | 米子北 | 高円宮杯 プレミアリーグWEST | 第9位 | プレミアWEST残留 |
| 2024年度 | 米子北 | 高円宮杯 プレミアリーグWEST | 第8位 | プレミアWEST残留 |
| 2025年度 | 米子北 | 高円宮杯 プレミアリーグWEST | 第8位 | プレミアWEST残留 |
| 2026年度 | 米子北 | 高円宮杯 プレミアリーグWEST | リーグ参戦中 | リーグ戦継続中 |
5. 選手経歴・選手総評
選手総評
現役時代の中村真吾は、山陰の名門進学校である鳥取県立米子東高校で主軸としてプレーし、規律と献身性を重んじるサッカーを体得した。高校卒業後は九州大学サッカー界の名門・福岡大学へ進学。ハイレベルなチームメイトとともに厳しい環境で切磋琢磨し、球際の激しい守備や的確なポジショニング、そして攻守の切り替えの重要性を徹底的に身体へ叩き込んだ。プロの世界へ進むのではなく、教育者として郷里の鳥取県に戻り指導者の道を歩み始めたことは、米子北高校サッカー部の歴史を大きく変える契機となった。大学サッカーの最高峰で培った「徹底した走力とハードワークの必要性」や「インテンシティの基準」は、のちに米子北高校の代名詞となる堅守速攻スタイルの揺るぎない土台となった。自らが地方出身のプレーヤーとして全国の強豪と渡り合ってきた経験を活かし、選手たちに泥臭く戦い抜くメンタリティと自信を植え付ける指導手腕が高く評価されている。
選手経歴
- 鳥取県立米子東高等学校 サッカー部
- 福岡大学 サッカー部




















