高校・クラブユースのチーム紹介ページ▼

脇田 寧人(市立船橋高校)高校サッカーヒーロー列伝

脇田寧人_市立船橋

脇田 寧人(市立船橋高校 千葉県)高校サッカーヒーロー列伝

総評

高校サッカー界屈指の名門・市立船橋高校において、並外れたフィジカルと強靭な走力、献身的なプレッシングでチームを支えた実力派アタッカー。驚異的な脚力と俊敏性、泥臭くゴールへ迫る気迫を武器に、名将・布啓一郎監督の厳しい鍛錬の中で激しいレギュラー争いを勝ち抜いた。

高校1年時には夏のインターハイ全国制覇と冬の第67回全国高校選手権4強を経験。2年時・3年時にも激戦区・千葉県予選を制して全国高校選手権に3年連続で出場し、2年連続の全国8強進出に貢献した。特に3年時の第69回選手権3回戦・清水商業高校戦では、相手エースのMF名波浩を気迫のマンマークで徹底封じ込めるなど、戦術遂行力の高さと勝負強さを全国の舞台で証明した。

高校時代に培われた圧倒的な運動能力と不屈のメンタリティは、後に相方・ヒデ(中川秀樹)とお笑いコンビ「ペナルティ」を結成し、芸能界屈指のアスリート芸人・サッカー論客として大ブレイクを果たす揺るぎない礎となった。

所属チーム

船橋市立船橋高等学校

生年月日

1972年7月5日

サイズ(身長・体重)

178cm / 68kg

ポジション

FW / MF

出身チーム

  • 3種:船橋市立芝山中学校サッカー部
  • 4種:船橋市少年サッカークラブ(船橋市立飯山満小学校 等)

出場大会

高校

高校サッカー選手権
  • 1年時(1988年度・第67回):千葉県予選 優勝、全国大会 ベスト4
  • 2年時(1989年度・第68回):千葉県予選 優勝、全国大会 ベスト8
  • 3年時(1990年度・第69回):千葉県予選 優勝(県3連覇)、全国大会 ベスト8(3回戦で清水商業の名波浩を完封、準々決勝で鹿児島実業にPK戦惜敗)
高校総体
  • 1年時(1988年度・金沢総体):千葉県予選 優勝、全国大会 優勝(市船としてインターハイ2連覇達成)
  • 2年時(1989年度・高知総体):千葉県予選 優勝、全国大会 ベスト8
  • 3年時(1990年度・宮城総体):千葉県予選 優勝、全国大会 ベスト16
リーグ戦(全日本ユース等)
  • 1年時(1988年):未開催(※1990年創設)
  • 2年時(1989年):未開催(※1990年創設)
  • 3年時(1990年・第1回大会):関東地区予選 突破、全国大会出場




代表歴

高校時代の代表・選抜歴

  • 世代別日本代表:該当なし
  • 都道府県選抜:千葉県選抜(1988年・1989年・1990年 国民体育大会少年男子の部 出場)
  • 日本高校選抜:該当なし
  • Jリーグ選抜:該当なし

高校時代の代表歴について

全国から屈指の有望選手が集う名門・市立船橋高校において、1年生時から頭角を現してトップチームに絡み、高校1年時・2年時・3年時と3年連続で千葉県選抜のメンバーとして国民体育大会に出場した。

世代別日本代表や日本高校選抜への直接の選出歴はないものの、2学年上の野口幸司、1学年上の中川秀樹(ヒデ)、1学年下の鬼木達ら錚々たる名選手が揃う超名門校でレギュラーとしてしのぎを削った。高校1年時のインターハイ全国制覇や全国高校選手権3年連続出場(4強1回、8強2回)という輝かしい実績を残し、その並外れたフィジカルと無尽蔵のスタミナは名将・布啓一郎監督の信頼を勝ち取っていた。

卒業後の進路

大学

専修大学経済学部(専修大学サッカー部、スポーツ推薦入学、怪我等により中退)

プロ

該当なし

日本代表

該当なし

卒業後のキャリアの総評

高校卒業後はサッカーの名門・専修大学へスポーツ推薦で進学。しかし、練習中に膝の靭帯を断裂する重傷を負い、選手生命を絶たれる挫折を経験して大学を中退した。

その後、市船サッカー部の1学年先輩であった中川秀樹(ヒデ)から誘いを受け、1994年にお笑いコンビ「ペナルティ」を結成。吉本興業に所属し、持ち前の強靭な身体能力を生かした「ワッキー」の芸名で一世を風靡。『めちゃ×2イケてるッ!』や『爆笑オンエアバトル』などの人気バラエティ番組で大ブレイクを果たした。

芸能界屈指のサッカー通・アスリート芸人として確固たる地位を確立し、現在もJリーグや高校サッカーの魅力を伝える公式アンバサダー活動や「ワッキーチョイス」などの独自企画を通じて、日本サッカー界の発展に大きく貢献し続けている。




市立船橋(ヒーロー列伝)

有名人(ヒーロー列伝)

ヒーロー列伝