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林丈統(滝川第二)高校サッカーヒーロー列伝

林丈統_滝川第二

林丈統(滝川第二 兵庫県)高校サッカーヒーロー列伝

寸評

鋭い出足と圧倒的なスピード、そして抜群の得点感覚でゴールを量産した快足ストライカー。奈良県奈良市の出身で、二名FCから奈良市立二名中学校を経て、兵庫県の名門・滝川第二高校へ進学した。小柄な体躯ながらも前線で放つ存在感は絶大で、相手最終ラインの背後へ抜け出す鋭さと決定力を武器にチームの攻撃を牽引した。

滝川第二では2年連続で全国高校サッカー選手権大会に出場。特に3年時の第77回大会(1998年度)では驚異的な決定力を発揮した。初戦の久御山戦でハットトリックを記録すると、続く韮崎戦でも得点を重ね、準々決勝の清水商業戦でもハットトリックを達成。準決勝で東福岡に敗れたものの、通算8ゴールを奪って大会得点王に輝き、同校初となる全国4強入りの原動力となった。

高校卒業後の1999年にジェフユナイテッド市原へ加入。プロ入り後はイビチャ・オシム監督から才能を高く評価され、試合の流れを一変させるスーパーサブとしてナビスコカップ優勝などに貢献した。その後も京都パープルサンガ、ジュビロ磐田、タイのBECテロ・サーサナFC、大分トリニータなどでプレー。大分時代にはJ1昇格プレーオフ決勝で劇的な決勝ゴールを挙げるなど、勝負強さを最後まで発揮し続けた。

所属

滝川第二高等学校(兵庫県)

生年月日

1980年10月14日

サイズ(身長・体重)

168cm / 70kg

ポジション

FW

出身チーム

  • 3種(中学校/ジュニアユース):奈良市立二名中学校
  • 4種(小学校/少年団/ジュニア):二名FC(奈良市立二名小学校)

出場大会

高校サッカー選手権(全国高等学校サッカー選手権大会)
  • 1年時(1996年度・第75回大会):県予選敗退。
  • 2年時(1997年度・第76回大会):2回戦敗退。初戦となった2回戦で市立沼田に0-3で敗戦。
  • 3年時(1998年度・第77回大会):全国ベスト4(準決勝敗退)。1回戦で久御山に5-3(林が3得点)、2回戦で韮崎に1-1(PK4-2、林が1得点)、3回戦で日章学園に1-0、準々決勝で清水商業に4-2(林が3得点)と勝利。準決勝で東福岡に2-3(林が1得点)で敗れたものの、通算8得点で大会得点王を獲得し、優秀選手に選出。
高校総体(インターハイ)
  • 1年時(1996年):出場なし(兵庫県代表は神戸弘陵)。
  • 2年時(1997年):出場なし(兵庫県代表は神戸弘陵)。
  • 3年時(1998年):兵庫県予選敗退(兵庫県代表は神戸弘陵、御影工業)。全国大会出場なし。
全日本ユース(高円宮杯)
  • 1年時(1996年・第7回大会):出場なし。
  • 2年時(1997年・第8回大会):出場なし。
  • 3年時(1998年・第9回大会):出場なし。
国民体育大会(国体)
  • 1年時(1996年・第51回広島国体):少年男子・出場記録なし。
  • 2年時(1997年・第52回なみはや国体):少年男子・出場記録なし。
  • 3年時(1998年・第53回かながわ・ゆめ国体):少年男子・出場記録なし。

代表歴

高校時代の代表/選抜歴:1998年第77回全国高校サッカー選手権大会優秀選手、1999年日本高校選抜、1999年U-20日本代表候補。

【高校時代の代表歴について】

林は滝川第二のエースとして3年時の高校選手権で大暴れし、8得点を挙げて大会得点王を獲得したことで全国的な注目を浴びた。大会優秀選手および日本高校選抜に選出されたほか、その圧倒的なスピードと得点感覚は日本サッカー界でも高く評価され、高校卒業直前の1999年初頭にはナイジェリア・ワールドユースを目指すU-20日本代表候補にも招集された。高校世代屈指の快足ストライカーとして強い足跡を残した。

卒業後の進路

プロ・社会人

  • ジェフユナイテッド市原/ジェフユナイテッド市原・千葉(1999年〜2005年、2010年〜2011年):2005年Jリーグカップ(ナビスコカップ)優勝。
  • 京都パープルサンガ/京都サンガF.C.(2006年〜2009年)。
  • ジュビロ磐田(2007年):期限付き移籍。
  • BECテロ・サーサナFC(2012年):タイ・プレミアリーグ。
  • 大分トリニータ(2012年〜2013年):2012年J1昇格プレーオフ優勝(決勝戦で決勝点を記録)。
  • 通算成績:J1リーグ通算243試合28得点、J2リーグ通算28試合0得点、リーグカップ通算45試合11得点、天皇杯通算24試合9得点、タイ1部通算4試合0得点、J1昇格PO通算1試合1得点(公式戦総通算345試合49得点)。
  • タイトル:Jリーグカップ優勝(2005年、ジェフユナイテッド千葉)。

日本代表(国際Aマッチ)

国際Aマッチ出場なし(1999年にU-20日本代表候補選出歴あり)。

引退後の活動・指導歴・役職

現役引退後は指導者の道に進み、地域おこし協力隊や外部指導員としての活動、育成年代のサッカースクールやジュニアユースチームのコーチ・監督などを務めた。

【卒業後のキャリアの総評】

1999年にジェフユナイテッド市原へ加入した林は、主に試合終盤の切り札であるスーパーサブとしてプロの世界で頭角を現した。とりわけ2003年に就任した名将イビチャ・オシム監督からはその類まれな得点センスを絶賛され、限られた出場時間の中で確実に仕事を果たすストライカーとして重用された。2005年にはクラブ初タイトルとなるナビスコカップ制覇に貢献した。

その後は京都パープルサンガ、ジュビロ磐田、タイのBECテロ・サーサナFCなど国内外のクラブを渡り歩いた。2012年夏に加入した大分トリニータでは、同年のJ1昇格プレーオフ決勝(古巣・千葉戦)で後半終盤に劇的な決勝ゴールを奪い、クラブを4年ぶりのJ1昇格へ導くなど、ここ一番での勝負強さを遺憾なく発揮した。高校時代に培ったスピードと鋭い得点感覚を武器に、長年にわたり記憶と記録に残る活躍を刻んだ。

滝川第二(ヒーロー列伝)