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松波 正信(帝京高校 東京都)高校サッカーヒーロー列伝
総評
圧倒的なフィジカルの強さ、空中戦を制する強烈なヘディング、そしてゴール前での卓越した嗅覚と勝負強さで高校サッカー界に君臨した名門・帝京高校の怪物ストライカー。古沼貞雄監督率いる「カナリア軍団」で1年時からレギュラーを掴み、全国の舞台で絶大な存在感を放った。
高校2年時の1991年度(第70回全国高校サッカー選手権)では、大会を通じてゴールを量産。小倉隆史を擁する四日市中央工業との伝説的な決勝戦で2得点を挙げるなど、計7ゴールを記録して大会得点王に輝き、同校を全国制覇(両校優勝)へと導いた。3年時には主将としてチームを牽引し、選手権3大会連続出場を果たした。
卒業後は1993年のJリーグ開幕とともにガンバ大阪へ加入し、初代Jリーグ新人王を獲得。1996年アトランタ五輪(マイアミの奇跡)にも出場するなど日本を代表するFWへと飛躍した点取屋の原点は、帝京のカナリア色のユニフォームにある。
所属チーム
帝京高等学校
生年月日
1974年11月21日
サイズ(身長・体重)
180cm / 76kg
ポジション
FW
出身チーム
- 3種:練馬区立関中学校サッカー部(東京都練馬区 / ひまわりSC)
- 4種:ひまわりSC(関町サッカースポーツ少年団 / 東京都練馬区)
出場大会
高校
高校サッカー選手権
- 1年時(1990年度・第69回):東京都A代表 優勝、全国大会 3回戦敗退(ベスト16)
- 2年時(1991年度・第70回):東京都A代表 優勝、全国大会 優勝(四日市中央工と両校優勝)(7得点で大会得点王、大会優秀選手選出)
- 3年時(1992年度・第71回):主将として東京都A代表 優勝、全国大会 ベスト8(準々決勝敗退)(大会優秀選手選出)
高校総体
- 1年時(1990年度・宮城総体):東京都予選 敗退(全国大会不出場)
- 2年時(1991年度・静岡総体):東京都予選 優勝、全国大会 ベスト8(準々決勝敗退)
- 3年時(1992年度・宮崎総体):東京都予選 敗退(全国大会不出場)
全日本ユース(高円宮杯)
- 1年時(1990年・第1回):関東地区予選 敗退(全国大会不出場)
- 2年時(1991年・第2回):関東地区予選 敗退(全国大会不出場)
- 3年時(1992年・第3回):関東地区予選 敗退(全国大会不出場)
国民体育大会(国体)
- 1年時(1990年・福岡国体):記録なし/未確認
- 2年時(1991年・石川国体):記録なし/未確認
- 3年時(1992年・べにばな山形国体):記録なし/未確認
代表歴
高校時代の代表・選抜歴
- 世代別日本代表:U-19日本代表(1992年 / AFCユース選手権1992 出場・3位)
- 日本高校選抜:1992年選出(欧州遠征)、1993年選出(欧州遠征)
- 都道府県選抜:記録なし/未確認
- Jリーグ選抜:該当なし
高校時代の代表歴について
関中学時代から大型FWとして高い評価を受け、名門・帝京高校進学後は1年生時からレギュラーに定着。2年時の第70回選手権で7ゴールを挙げて得点王と全国優勝を達成すると、そのスケールの大きなプレーが全国の注目を集めた。
高校2年・3年時には2年連続で日本高校選抜に選出されて欧州遠征を経験したほか、1992年にはU-19日本代表としてAFCユース選手権に出場し3位入賞に貢献。高校年代トップクラスの本格派ストライカーとして争奪戦が繰り広げられた末、1993年のJリーグ開幕に合わせてガンバ大阪へ加入した。
卒業後の進路
大学
該当なし(ガンバ大阪へ加入)
プロ
- ガンバ大阪(1993年 – 2005年 / 1993年Jリーグ新人王、2005年J1リーグ優勝)
- 指導者・スタッフ:ガンバ大阪監督(2012年、2021年)、ガイナーレ鳥取監督(2014-2015年)、ガンバ大阪強化部長・アカデミーダイレクター
日本代表
U-23日本代表(1996年アトランタ五輪代表 / マイアミの奇跡)、サッカー日本代表(A代表候補 / 1997年)
卒業後のキャリアの総評
1993年のJリーグ開幕初年度にガンバ大阪へ入団すると、高卒ルーキーながらリーグ戦29試合で12得点を挙げる大活躍を見せ、Jリーグ初代新人王(ヤングプレーヤー賞)を受賞した。
1996年にはU-23日本代表としてアトランタ五輪に出場し、世界を驚かせた「マイアミの奇跡(ブラジル戦勝利)」のピッチに立った。G大阪では「ミスター・ガンバ」の愛称で長年親しまれ、抜群の決定力を誇る切り札として2005年のクラブ史上初となるJ1リーグ制覇に貢献して現役を引退。
引退後はG大阪やガイナーレ鳥取で監督を務めたほか、強化部長や育成責任者としてクラブの屋台骨を支え続けている。















