楢崎 正剛(奈良育英高校 奈良県)高校サッカーヒーロー列伝
総評
類まれな体躯と冷静沈着な状況判断、そして抜群のセービング技術でゴールマウスに君臨し、日本サッカー史上最高の守護神として四半世紀にわたりトップレベルで活躍した名GK。奈良県香芝市出身で、地元の三和小、香芝中を経て奈良育英高校へ進学。高校入学後から本格的なGKトレーニングを重ね、飛躍的な進化を遂げた。
高校1年時の1992年度には早くも正GKの座を掴み、夏のインターハイで全国ベスト8、冬の第71回全国高校選手権でも3回戦(ベスト16)進出を達成。そして最上級生となった1994年度の第73回全国選手権では、主将としてチームを牽引し伝説的な快進撃を演じた。2回戦では前年全国王者で安永聡太郎や佐藤由紀彦を擁する超大本命・清水商業高校を神がかり的なセービング連発で1-0で完封撃破。さらに四日市中央工とのPK戦死闘(9-8)を制するなど、奈良県勢史上最高成績となる全国ベスト4(国立進出)の金字塔を打ち立て、大会優秀選手に選出された。
卒業後は横浜フリューゲルスを経て名古屋グランパスで長年キャプテン・守護神として活躍。2010年にはGKとしてJリーグ史上初となる最優秀選手賞(MVP)に輝き、J1初制覇に貢献した。日本代表としてもW杯4大会連続メンバー入り、2002年日韓W杯では正GKとして日本初の16強進出を支えるなど、不世出のレジェンドとして日本サッカー史にその名を刻んでいる。
所属チーム
奈良育英高等学校(奈良県)
生年月日
1976年4月15日
サイズ(身長・体重)
187cm / 80kg(※現役時)
ポジション
GK(ゴールキーパー)
出身チーム
- 3種:香芝市立香芝中学校サッカー部(奈良県香芝市)
- 4種:三和スポーツ少年団 / 香芝市立三和小学校(奈良県香芝市)
出場大会
高校
高校サッカー選手権
- 1年時(1992年度・第71回):奈良県予選 優勝、全国大会 3回戦進出(ベスト16)
(1回戦:2-1 遠野高校、2回戦:2-0 盛岡商業高校、3回戦:1-3 武南高校) - 2年時(1993年度・第72回):奈良県予選 敗退(全国大会不出場 / 奈良県代表は広陵高校)
- 3年時(1994年度・第73回):キャプテン(主将)として奈良県予選 優勝、全国大会 ベスト4(3位・国立進出!奈良県勢史上最高成績)
※2回戦で前年度全国制覇・超大本命の清水商業高校(安永聡太郎・佐藤由紀彦擁する王者)を神がかり的なファインセーブ連発で1-0完封撃破!
(1回戦:2-0 秋田商業高校、2回戦:1-0 清水商業高校、3回戦:2-2[PK 9-8]四日市中央工業高校、準々決勝:1-0 三本木農業高校、準決勝:0-3 市立船橋高校)
個人表彰:大会優秀選手に選出!
高校総体
- 1年時(1992年度・宮崎総体):奈良県予選 優勝、全国大会 ベスト8(準々決勝進出)
- 2年時(1993年度・栃木総体):奈良県予選 敗退(全国大会不出場)
- 3年時(1994年度・富山総体):奈良県予選 敗退(全国大会不出場)
全日本ユース(高円宮杯)
- 1年時(1992年度・第4回):関西地区予選敗退(全国大会不出場)
- 2年時(1993年度・第5回):関西地区予選敗退(全国大会不出場)
- 3年時(1994年度・第6回):関西地区予選敗退(全国大会不出場)
国民体育大会(国体)
- 1年時(1992年・山形国体):奈良県選抜
- 2年時(1993年・東四国国体):奈良県選抜
- 3年時(1994年・愛知国体):奈良県選抜
近畿高等学校サッカー選手権大会
- 2年時(1993年):優勝!
代表歴
高校時代の代表・選抜歴
- 世代別日本代表:U-18日本代表候補
- 日本高校選抜:1995年選出(第73回選手権優秀選手として選出、ヨーロッパ遠征参加)
- 都道府県選抜:奈良県選抜(1992年、1993年、1994年国体出場)
- 個人表彰:第73回全国高校サッカー選手権 大会優秀選手(1994年度・3年時)
- Jリーグ選抜:該当なし
高校時代の代表歴について
奈良県香芝市出身。三和小、香芝中を経て名門・奈良育英高校へ進学。入学後から本格的なGK専門トレーニングを開始し、187cmの恵まれた体格と天性の瞬発力、冷静な判断力を急速に研ぎ澄ませた。1年時からレギュラーとしてゴールマウスを守り、総体8強や選手権16強を経験。3年時の第73回全国高校選手権では、主将として大会大本命の清水商業を完封するなど驚異的な活躍を見せて全国ベスト4進出を果たし、大会優秀選手に輝いた。高校卒業時には日本高校選抜としてヨーロッパ遠征に参加。後の日本代表正守護神への礎を築いた。
卒業後の進路
プロ・社会人
- 横浜フリューゲルス(J1 / 1995年 – 1998年 / 1998年天皇杯優勝)
- 名古屋グランパス(J1・J2 / 1999年 – 2018年 / 2010年J1初優勝・Jリーグ最優秀選手賞[MVP・GK史上初]、1999年天皇杯優勝、Jリーグベストイレブン6回選出[1996、1998、2003、2008、2010、2011])
- Jリーグ通算660試合出場(J1:631試合、J2:29試合 / 公式戦通算800試合以上出場、2018年現役引退)
日本代表
- 国際Aマッチ 77試合出場(1998年 – 2010年)
- FIFAワールドカップ 4大会連続メンバー選出(1998年フランス大会、2002年日韓大会[正GK・日本代表史上初ベスト16進出]、2006年ドイツ大会、2010年南アフリカ大会[ベスト16])
- 2000年シドニーオリンピック 日本代表(オーバーエイジ・正GKとしてベスト8進出貢献)
- 2004年AFCアジアカップ 優勝(正GK)
引退後の指導歴・役職
- 名古屋グランパス クラブスペシャルフェロー(CSF)
- 名古屋グランパス アカデミーGKコーチ / トップチームGKアシスタントコーチ
- 日本サッカー協会(JFA)ロールモデルコーチ
卒業後のキャリアの総評
1995年に横浜フリューゲルスへ加入。高卒ルーキーながらすぐさま定位置を獲得し、1998年にはクラブ最後の公式戦となった天皇杯決勝で優勝を果たした。1999年に名古屋グランパスへ移籍すると、不動の正守護神および主将として長年にわたり君臨。2010年にはクラブ史上初のJ1制覇を成し遂げ、ゴールキーパーとしてJリーグ史上初となる年間MVP(最優秀選手賞)を受賞した。J1通算631試合出場は歴代屈指の金字塔である。
日本代表としても長年にわたり最後方からチームを支え、FIFAワールドカップに4大会連続で選出。2002年日韓W杯では正GKとして日本の歴史的初勝利と初の決勝トーナメント(16強)進出に大きく貢献した。引退後は名古屋グランパスの育成やJFAロールモデルコーチとして後進の指導にあたり、日本サッカー界の発展に尽力している。




















