兵藤慎剛(国見 長崎県)高校サッカーヒーロー列伝
寸評
類いまれな戦術眼と無尽蔵のスタミナ、そして局面を打開する高い足元の技術を兼ね備えた万能型MF。1985年7月29日、長崎県長崎市に生まれ、茂木サッカースポーツ少年団、海星中学校を経て、全国屈指の強豪である長崎県立国見高校へと進学した。高校時代は1年時から黄金期を迎えていたチームで切磋琢磨し、2年時には主力へと定着。3年時には名将・小嶺忠敏監督のもとでキャプテンを託され、平山相太や中村北斗、関憲太郎らとともに全国高校サッカー界の頂点に君臨した。
3年時の第82回全国高校サッカー選手権大会では、主将としてチームを力強く牽引。決勝では筑陽学園を相手に大会史上最多タイとなる6-0の圧勝劇を演じ、全国制覇を成し遂げた。同年度は長崎県開催となったインターハイ(高校総体)でも全国優勝を果たしており、高校主要タイトル2冠の偉業を達成している。国見高校の伝統である強靱なフィジカルと走力に加え、相手の急所を突く長短のパスワークと決定的なラストパスで攻撃陣を自在に操った。
高校卒業後は早稲田大学へ進学し、ア式蹴球部でもキャプテンとして全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)優勝に貢献。2005年にはU-20日本代表としてFIFAワールドユース選手権(現U-20W杯)に出場し主将を務めた。プロ入り後は横浜F・マリノスを皮切りに、北海道コンサドーレ札幌、ベガルタ仙台、SC相模原で長きにわたり第一線で活躍。引退後は早稲田大学ア式蹴球部の監督に就任し、後進の指導と育成に尽力している。
所属
長崎県立国見高等学校(長崎県)
生年月日
1985年7月29日
サイズ(身長・体重)
172cm / 68kg
ポジション
MF(セントラルMF・攻撃的MF・サイドMF)
出身チーム
- 3種(中学校/ジュニアユース):海星中学校
- 4種(小学校/少年団/ジュニア):茂木サッカースポーツ少年団
出場大会
高校サッカー選手権(全国高等学校サッカー選手権大会)
- 1年時(2001年度・第80回大会):全国優勝。岐阜工業との決勝を3-1で制し大会連覇を達成(メンバー登録、上級生主体のチームで全国制覇を経験)。
- 2年時(2002年度・第81回大会):全国準優勝。準決勝で桐蔭学園を2-1で破るなど勝ち上がったが、決勝で市立船橋に0-1で惜敗した。レギュラーとして攻守に大きく貢献。
- 3年時(2003年度・第82回大会):全国優勝。主将としてチームを牽引し、1回戦の松商学園戦(7-0)、2回戦の日大藤沢戦(2-0)、3回戦の広島皆実戦(2-1)、準々決勝の丸岡戦(1-0)、準決勝の初芝橋本戦(4-0)を突破。決勝では筑陽学園を6-0の大差で破り、2年ぶり6度目の全国制覇を達成した。
- 個人表彰:第82回大会 優秀選手
高校総体(インターハイ)
- 1年時(2001年):登録メンバー入り。
- 2年時(2002年):上位進出。
- 3年時(2003年):全国優勝。地元・長崎県開催となった大会において圧倒的な強さでトーナメントを勝ち上がり、決勝で帝京を破ってインターハイ制覇を成し遂げた。
- 個人表彰:2003年 大会優秀選手
全日本ユース(高円宮杯)
- 1年時(2001年・第12回大会):全国優勝。国見高校が大会制覇を達成。
- 2年時(2002年・第13回大会):全国優勝。レギュラーとして主力を担い、チームの大会連覇に大きく貢献した。
- 3年時(2003年・第14回大会):全国大会出場。
国民体育大会(国体)
- 1年時(2001年・新世紀・みやぎ国体):長崎県少年男子選抜として出場。
- 2年時(2002年・よさこい高知国体):長崎県少年男子選抜の主力として出場。
- 3年時(2003年・NEW!!わかやま国体):長崎県少年男子選抜の主軸として出場。
代表歴
高校時代の代表/選抜歴:U-18日本代表(2003年)、日本高校選抜(2004年)、長崎県国体選抜。
【高校時代の代表歴について】
兵藤は高校時代、全国屈指の強豪・国見高校の主軸および世代を代表するゲームメーカーとして高い評価を受け、世代別日本代表や高校選抜に継続して選出された。2003年にはU-18日本代表に名を連ね、国際舞台を経験。高校3年時の第82回全国高校サッカー選手権終了後には大会優秀選手に選ばれ、日本高校選抜として欧州遠征などに参加した。
卓越したボールコントロール技術と状況判断能力、そして90分間落ちない走力は代表関係者からも絶賛され、高校卒業後も2005年ワールドユース日本代表の主将を務めるなど、同世代のリーダーとして日本サッカー界を牽引し続ける土台を高校時代に築き上げた。
卒業後の進路
プロ・社会人
- 早稲田大学(2004年〜2007年):全日本大学サッカー選手権大会優勝(2007年)。
- 横浜F・マリノス(2008年〜2016年):主力として長年活躍し、天皇杯優勝(2013年)を達成。J1通算268試合出場28得点。
- 北海道コンサドーレ札幌(2017年〜2018年):J1リーグで中心選手としてプレー。
- ベガルタ仙台(2019年〜2020年):経験豊富なMFとしてチームを支える。
- SC相模原(2021年):J2リーグでプレーし、2021年シーズン終了後に現役引退を発表。
- 通算成績:J1リーグ通算345試合36得点、J2リーグ通算7試合0得点、公式戦通算400試合以上出場。
- タイトル:天皇杯全日本サッカー選手権大会優勝(2013年、横浜F・マリノス)、全日本大学サッカー選手権大会優勝(2007年、早稲田大学)、ユニバーシアード競技大会サッカー競技優勝(2005年、ユニバーシアード日本代表)。
- 個人表彰:Jリーグフェアプレー個人賞(2015年)。
日本代表(代表歴)
国際Aマッチ出場なし。2005年 FIFAワールドユース選手権(現U-20W杯)日本代表(主将としてベスト16進出)。2005年 ユニバーシアード・イズミル大会日本代表(金メダル獲得)。
引退後の活動・指導歴・役職
2022年に現役引退後、指導者の道へ進む。2023年より母校である早稲田大学ア式蹴球部の監督に就任し、大学サッカー界のトップレベルで指導と育成を行っている。
【卒業後のキャリアの総評】
国見高校卒業後、兵藤は早稲田大学へ進学。ア式蹴球部でも中心選手・主将としてリーダーシップを発揮し、2007年には全日本大学選手権優勝を果たした。2005年にはユニバーシアード日本代表で世界一を経験したほか、U-20日本代表のキャプテンとしてワールドユースに出場するなど、学生年代を代表するタレントとして確固たる地位を確立した。
2008年にJ1の強豪・横浜F・マリノスへ入団すると、即戦力として定着。豊富な運動量とインサイド・アウトサイドを問わない戦術適応力で中盤のキーマンとなり、2013年の天皇杯制覇などに大きく貢献した。その後、北海道コンサドーレ札幌、ベガルタ仙台、SC相模原と渡り歩き、J1通算345試合出場という輝かしい実績を残して2021年に現役を引退。引退後は早稲田大学ア式蹴球部の監督に就任し、学生たちに自身の豊かな経験と戦術眼を伝え続けている。


























