元田直輝(国見 長崎県)高校サッカーヒーロー列伝
寸評
165cmと小柄な体躯ながら、ピッチ全体を駆け回る無尽蔵のスタミナと卓越した危機察知能力で名門・国見高校の中盤を支えた献身的な守備的MF。大分市立明治小学校、大分市立大東中学校を経て長崎県の国見高校へ進学。激しいポジション争いと猛練習の中で肉体を鍛え上げ、1年冬から頭角を現した。
2年時の第71回全国高校サッカー選手権大会(1992年度)では、三浦淳宏や永井篤志ら強力なタレントが揃うチームにおいてセカンドボールをことごとく回収する黒子役として全国優勝に大きく貢献。3年時(1993年度)には主将を任され、夏のインターハイで全国優勝を達成した。冬の第72回選手権でも決勝まで勝ち進み、清水商業高校との激闘で頭部を負傷しながらもチームを鼓舞し全国準優勝を果たした。
卒業後は青山学院大学へ進学して関東大学リーグなどでプレーし、その後はFC青山や新日鐵大分、日立ビルシステムなどの社会人チームで現役を続けた。現役引退後は指導者としても手腕を振るい、日立ビルシステムサッカー部の監督を務めるなど社会人サッカーの発展に尽力した。
所属
長崎県立国見高等学校(長崎県)
生年月日
1975年4月16日
サイズ(身長・体重)
165cm / 60kg
ポジション
MF(守備的MF・ボランチ)
出身チーム
- 3種(中学校/ジュニアユース):大分市立大東中学校
- 4種(小学校/少年団/ジュニア):明治サッカースポーツ少年団(大分市立明治小学校)
出場大会
高校サッカー選手権(全国高等学校サッカー選手権大会)
- 1年時(1991年度・第70回大会):ベスト4(チームは準決勝で四日市中央工に0-0、PK4-5で敗退。1年時の元田の出場状況の詳細は要確認)。
- 2年時(1992年度・第71回大会):全国優勝。2回戦の前橋育英戦に5-1、3回戦の奈良育英戦に2-0、準々決勝の米子東戦に4-0、準決勝の武南戦に3-1、決勝(1993年1月8日/国立霞ヶ丘陸上競技場)で山城に2-0で勝利して全国制覇を達成。
- 3年時(1993年度・第72回大会):全国準優勝。2回戦の東京学館新潟戦に3-1、3回戦の前橋育英戦に2-1(1得点)、準々決勝の多々良学園戦に0-0(PK5-4)、準決勝の東福岡戦に8-0と勝利。決勝(1994年1月8日/国立霞ヶ丘陸上競技場)で清水商に1-2で敗れて準優勝。元田は大会優秀選手に選出。
高校総体(インターハイ)
- 1年時(1991年):ベスト8。1回戦の洛南戦に2-0、2回戦の中京戦に1-1(延長3-0)、3回戦の南宇和戦に2-1と勝利し、準々決勝で東海大一に0-3で敗退。
- 2年時(1992年):ベスト4。1回戦の伊奈学園戦に1-0、2回戦の堀越戦に3-1、3回戦の滝川第二戦に4-0、準々決勝の室蘭大谷戦に2-0と勝利し、準決勝で市立船橋に1-2で敗退。
- 3年時(1993年):全国優勝。2回戦の広島工戦に3-0(1得点)、3回戦の前橋商戦に4-0(1得点)、準々決勝の室蘭大谷戦に4-0、準決勝の桐蔭学園戦に1-1(延長1-0)、決勝で鹿児島実に2-1で勝利して全国制覇。元田は大会優秀選手に選出。
全日本ユース(高円宮杯)
- 1年時(1991年):準優勝。1回戦の東海大一戦に0-0(PK5-4)、2回戦の星稜戦に4-2、準決勝の磐城戦に3-0と勝利し、決勝で徳島市立に0-1で敗退。
- 2年時(1992年):九州予選敗退のため本大会不出場。
- 3年時(1993年):九州予選敗退のため本大会不出場。
国民体育大会(国体)
- 1年時(1991年):長崎県少年男子代表(登録・出場の詳細は要確認)。
- 2年時(1992年・べっぷ・ゆうあい国体):長崎県少年男子代表として出場。
- 3年時(1993年・東四国国体):長崎県少年男子代表として出場。
代表歴
高校時代の代表/選抜歴:1993年度大会優秀選手、1994年日本高校選抜(ヨーロッパ遠征)。
【高校時代の代表歴について】
高校3年時の1993年度には、主将として高校総体優勝と高校選手権準優勝の二冠クラスの実績を残し、高校選手権の大会優秀選手に選出された。その活躍が高く評価され、1994年春の日本高校選抜メンバーに選出されてヨーロッパ遠征に参加した。
年代別日本代表の華やかなエリート街道とは一線を画しながらも、ピッチ上のあらゆる局面で黒子として汗をかき続けるプレースタイルは関係者から絶大な信頼を集め、高校選抜の舞台でもその高い実力を発揮した。
卒業後の進路
プロ・社会人
- 青山学院大学(1994年〜1997年):関東大学サッカーリーグ等でプレー。
- FC青山:社会人リーグでプレー。
- 新日鐵大分:九州サッカーリーグ等でプレー。
- 日立ビルシステム:関東サッカーリーグ等でプレー。
- 通算成績:公式記録の詳細は要確認。
- タイトル:確認できた記録なし
- 個人表彰:確認できた記録なし
日本代表(国際Aマッチ)
国際Aマッチ出場なし
引退後の活動・指導歴・役職
日立ビルシステムサッカー部監督(関東サッカーリーグ、全国社会人サッカー選手権大会などで指揮を執る)。関東国見高校同窓会副会長。
【卒業後のキャリアの総評】
国見高校卒業後は青山学院大学へ進学し、関東大学サッカーリーグの舞台で中盤の要として活躍した。大学卒業後はJリーグへ進む道ではなく、FC青山や故郷・大分県の新日鐵大分などの社会人チームでプレーを続け、サッカーに対する純粋な情熱を注ぎ続けた。
その後は日立ビルシステムサッカー部に所属し、関東サッカーリーグなどの強豪ひしめく地域リーグで長きにわたり現役を続行。引退後は同チームの監督に就任し、全国社会人サッカー選手権大会や地域リーグでの采配を振るなど後進の指導に当たった。
高校時代に培った強い責任感と献身性は指導者としても発揮され、社会人サッカーの発展に多大な貢献を果たした。また関東国見高校同窓会の役職を務めるなど、母校との絆も大切に保ち続けている。


























