興梠慎三(鵬翔 宮崎県)高校サッカーヒーロー列伝
寸評
宮崎県が生んだ日本サッカー界屈指の万能型ストライカー。優れたボディバランスとしなやかな身のこなし、卓越したポストプレーとボックス内での高い決定力を誇り、高校時代からその非凡なサッカーセンスで全国に名を轟かせた。宮崎東サッカースポーツ少年団、宮崎市立東大宮中学校を経て名門の鵬翔高校に進学した。
高校時代は攻撃の要として躍動し、2年時の第82回選手権では星稜高校相手に2ゴールを挙げるなど存在感を発揮。3年時の2004年にはエースとしてチームを牽引し、高円宮杯全日本ユース選手権で全国ベスト4入りに大きく貢献した。さらに同年度の第83回全国高校サッカー選手権でも矢板中央高校や広島観音高校を破ってベスト8進出を果たし、大会優秀選手に選出されるなど高校年代のトッププレーヤーとして脚光を浴びた。
高校卒業後の2005年に鹿島アントラーズへ加入すると、2007年からのJ1リーグ3連覇に大きく貢献。2013年に浦和レッズへ完全移籍すると不動のエースとして君臨し、2017年のAFCチャンピオンズリーグ優勝や数々のタイトル獲得を牽引した。J1通算得点数でも歴代2位となる168得点を記録し、2016年にはオーバーエイジ枠としてリオデジャネイロ五輪に出場するなど、長年にわたり日本サッカーのトップレベルで活躍を続けた。
所属
鵬翔高等学校(宮崎県)
生年月日
1986年7月31日
サイズ(身長・体重)
175cm / 72kg
ポジション
FW / MF
出身チーム
- 3種(中学校/ジュニアユース):宮崎市立東大宮中学校
- 4種(小学校/少年団/ジュニア):宮崎東サッカースポーツ少年団
出場大会
高校サッカー選手権(全国高等学校サッカー選手権大会)
- 1年時(2002年度・第81回大会):宮崎県予選敗退(宮崎県代表は日章学園高校)。
- 2年時(2003年度・第82回大会):1回戦敗退。西が丘サッカー場で行われた1回戦の星稜高校戦に2-3で惜敗。興梠自身はチームの全2得点を挙げる活躍を見せた。
- 3年時(2004年度・第83回大会):全国ベスト8。1回戦で矢板中央高校に3-2、2回戦で広島観音高校に1-0、3回戦で奈良育英高校に1-0で勝利し準々決勝へ進出。準々決勝で市立船橋高校に0-3で敗れた。
- 個人表彰:第83回大会優秀選手に選出。
高校総体(インターハイ)
- 1年時(2002年):全国ベスト8。1回戦の近大和歌山高校に5-0、2回戦の那覇西高校に2-0、3回戦の桐光学園高校に5-1で勝利し準々決勝へ進出。準々決勝で帝京高校に0-3で敗れた。
- 2年時(2003年):全国ベスト8。2回戦で丸岡高校に2-1、3回戦で福島東高校に4-2で勝利し準々決勝へ進出。準々決勝で国見高校に1-2で敗れた。
- 3年時(2004年):宮崎県予選敗退(宮崎県代表は日章学園高校)。
- 個人表彰:確認できた記録なし
全日本ユース(高円宮杯)
- 1年時(2002年):確認できた出場記録なし
- 2年時(2003年):グループリーグ敗退(九州地域代表として出場)。
- 3年時(2004年):全国ベスト4。グループリーグを突破し、準々決勝で桐蔭学園高校を3-0で撃破して準決勝へ進出。準決勝(国立)でサンフレッチェ広島F.Cユースに1-3で敗れた。
- 個人表彰:確認できた記録なし
国民体育大会(国体)
- 1年時(2002年)〜3年時(2004年):宮崎県少年選抜等への選出実績は要確認。
- 個人表彰:確認できた記録なし
代表歴
高校時代の代表・選抜歴:2004年 U-18日本代表。
【高校時代の代表歴について】
興梠は高校3年時の2004年にU-18日本代表に選出され、その類まれな決定力と高い技術で注目を集めた。前田俊介や平山相太ら同世代のタレントがひしめく中で頭角を現し、高円宮杯全日本ユースでの4強入りや選手権での8強進出といった実績とともに年代別代表の舞台でも確かな評価を確立した。
卒業後は2007年にU-22日本代表として北京五輪予選を戦い、2008年10月9日のUAE戦で日本代表(A代表)デビューを果たした。さらに2016年のリオデジャネイロオリンピックではオーバーエイジ枠としてU-23日本代表に招集され、背番号13を背負って前線でチームの攻撃を牽引した。
卒業後の進路
プロ・社会人
- 鹿島アントラーズ(2005年〜2012年):J1リーグ3連覇(2007年、2008年、2009年)、天皇杯優勝(2007年、2010年)、Jリーグカップ優勝(2011年、2012年)を経験。
- 浦和レッズ(2013年〜2021年、2023年〜2024年):AFCチャンピオンズリーグ優勝(2017年)、天皇杯優勝(2018年)、Jリーグカップ優勝(2016年)を達成。J1歴代2位となる通算得点記録を樹立。
- 北海道コンサドーレ札幌(2022年):期限付き移籍。
- 通算成績:J1リーグ通算527試合出場168得点(J1歴代2位、J1最長記録となる9年連続2桁得点を達成)。
- タイトル:J1リーグ優勝3回、ACL優勝1回、天皇杯優勝2回、Jリーグカップ優勝3回。
- 個人表彰:Jリーグベストイレブン(2017年)。
日本代表(国際Aマッチ)
国際Aマッチ16試合0得点(2008年〜2015年)。2008年10月9日のキリンチャレンジカップUAE戦でA代表デビュー。2016年リオデジャネイロオリンピックにオーバーエイジ枠として出場(3試合出場)。
引退後の活動・指導歴・役職
2024シーズンをもって現役を引退。引退後はクラブアンバサダー活動や育成・指導に関わる活動を展開。
【卒業後のキャリアの総評】
高校卒業後の2005年に名門・鹿島アントラーズへ加入した興梠は、強烈なプロの壁に直面しながらも徐々に出場機会を増やし、2007年から2009年にかけてのJ1リーグ3連覇の主力として定着した。相手ディフェンスの背後を突くスピードとしなやかなポストプレーを武器に、鹿島の黄金期を支えるストライカーへと成長を遂げた。
2013年に浦和レッズへ移籍すると、前線の絶対的支柱として君臨。1トップの位置で抜群のキープ力と味方を生かすリンクマンとしての役割、そして自らゴールを陥れる決定力を遺憾なく発揮し、2017年のAFCチャンピオンズリーグ制覇など数多くのタイトルをもたらした。J1史上最長となる9年連続2桁得点を達成し、通算168得点を記録するなど、Jリーグ屈指のストライカーとして長きにわたり君臨した。
高校時代から見せていた卓越した身体の使い方やサッカーセンスは、トッププロの舞台でさらに磨かれ、日本を代表する点取り屋としての地位を築いた。クラブのみならず日本代表やオリンピックの舞台でも存在感を示し、2024年に現役を退くまで多くのファンと後進に多大な影響を与え続けた偉大なキャリアであった。


















