2年連続全国準優勝の流経大柏が県予選決勝で敗退。本田監督が退任、国士館高校の指揮官への就任が濃厚

 流経大柏を率いる本田裕一郎監督はこの日市立船橋に県予選決勝で敗れ、2001年から率いていた同校の監督を退任することになった。

流経大柏、市立船橋に敗れ、3年ぶりに県予選で敗退

惜しくも市立船橋に敗れ、3年連続の全国出場を逃した流経大柏イレブン

【第98回選手権千葉県予選決勝 市立船橋3-2流経大柏】

 2年連続で高校選手権全国大会準優勝。しかし今年は7年連続で県予選決勝を戦うライバル市立船橋の前に屈し、3年ぶりとなる予選敗退となった。これまで無失点で勝ちあがってきたチームがまさかの3失点。前半13分に先制を許すと、常に追う展開となり、2回同点に追い付くなど、流経大柏らしい圧力で、終盤の猛攻もかけたが実らず、リードされたまま試合終了の笛を聞く結果となった。

東京の国士館高校の指揮官に就任が濃厚

読売新聞の運動面の記事によると、来春から東京都の国士館高校の指揮官に就任との記事が出ており、千葉県同様、全国激戦区の東京都でもその活躍が期待できそうだ。

試合終了後、記者たちの取材に答える本田裕一郎監督




市原緑・習志野・流経大柏を全国の強豪に育てた名将

習志野高校

当サイトのページより引用:習志野高校【チーム紹介:千葉県】

 西堂の転勤後、低迷が続いていたが、市原緑高校で常にベスト4の成績を残していた本田裕一郎が1986年に監督に就任、習志野の校長に呼ばれて監督就任を打診された。市原緑ではスパルタ指導からクニックをベースとしたサッカーを突き詰めていくことを決意。静岡学園の井田勝通監督のサッカーへの憧れや、テクニックのある選手を日本サッカーリーグに送り出して活躍させたい、などの思いがあった。

 1980年代後半から1990年代にかけて出現してきた千葉県内の街クラブからの選手獲得を模索し、クラブ育ちの個性的な選手を大きく伸ばす考え方をとった。さらに、アルゼンチンやウルグアイへの海外遠征も実施し、チームの強化にあたった。

 結果、1989年の第68回大会(初戦で四日市中央工に敗退)、翌第69回大会(準優勝の鹿児島実業に敗退しベスト8)に連続出場し、古豪復活を印象づけた。この連続出場で、個性豊かな選手が集まり、Jリーグへ選手を輩出するきっかけにもなった。

 1992年の第71回大会では、山城に敗れたがベスト4に進出、1995年には、福田健二、広山望を擁して、高校総体に初優勝した。しかし、選手権の予選では市立船橋に破れて出場を逃した。これ以降も市立船橋の壁を破れなかったが、玉田圭司がいた1998年、第77回大会に6年ぶりに全国出場を決め、吉野智行、玉田圭司、菅野拓真3人のJリーガーを擁して、優勝候補の一角とされていたが、初戦敗退、これ以降高校選手権全国への道は閉ざされている。

 一方で、W杯に出場したFW玉田圭司をはじめ、日本代表のDFとして活躍した大野俊三や名塚善寛、福田健二、広山望などテクニカルな攻撃MFを中心に個性豊かなJリーガーを多数輩出した。




流経大柏高校

当サイトのページより引用:流経大柏高校【チーム紹介:千葉県】

 市原緑を県内屈指の強豪校に育て、次に就任した習志野でも高校総体優勝、選手権ベスト4進出を果たした名将は、そのまま習志野で勤め上げる気でいたが、2001年に千葉県教員2,000人の人事異動が発表され、強制的に別の学校へ行かざるを得なくなり、県教員を辞めた。流通経済大学から「大学だけでなく、高校のサッカーも強化していきたい」と誘われ、私学の流通経済大柏高校へ行くことに決めた。この時53歳だった。

 サッカー部は同好会みたいなもので、部員は十数人のみがなく、その時、習志野にいた新2年生となる選手など15人が編入した。そこで着いた来た選手たちのため、教員を退職して得た1,500万円で5LDKの格安マンションを買い、選手と一緒に住み始めた。当初にラグビー部の専用グラウンドの一部や借りたり、柏の葉公園などで練習をしていた。翌2001年には選手寮である小山ドミトリーができ、2002年には専用グラウンド(第二グラウンド)ができ、強化が進んだ。

 習志野時代との大きな違いは、学校からの後押しもあったが、勝つことを強く求められたため、勝利から逆算したハイプレスと豊富な運動量、守備力を重視したサッカーを展開、私学である特徴を活かし、選手寮を完備、スポーツ推薦制度を利用し全国から優秀な選手を集めた

 2016年5月には、大腸がんを患う、進行度はステージ4で余命8か月と診断されたが、見事に克服した。

 高校サッカー界の過密日程には意見を持っており、高校総体の開催地や日程、高校選手権のグループリーグからのトーナメント戦やその日程、更には野球の高野連に例え、高サ連の設立など

 近年は欧州での育成の視察を積極的に実施し、世界の最新サッカーのトレンドを掴み、積極的にチームに取り入れている。

高校サッカーの改革者としての期待

 本田監督の功績は、高校の成績ではない。高校サッカーの改革者としての顔を持つ。暁星高校の林監督と立ち上げた関東スーパーリーグが発展する形でのちに、JFAプリンスリーグU-18や高円宮杯U-18サッカーリーグが全国規模で開催されるようになった。

 高校サッカー界の過密日程には意見を持っており、高校総体の開催地や日程、高校選手権のグループリーグからのトーナメント戦やその日程、更には野球の高野連に例え、高サ連の設立など幅広い改革案を披露しており、著者は流経大柏退任後は協会側の人間として、高校サッカーの改革に尽力をするものだと思っていた。

本田監督が高校サッカー改革について書いた著書

本田監督のこれまでの功績

市原緑高校

  • 1983年: 全国高校総体出場

習志野高校

  • 1989年 – 1990年: 全国高校選手権出場
  • 1992年: 全国高校選手権出場ベスト4
  • 1995年: 全国高校総体優勝
  • 1998年: 全国高校選手権出場

流経大柏高校

  • 2005年: 全国高校選手権出場
  • 2007年: 全国高校選手権優勝、高円宮杯U-18優勝
  • 2008年: 全国高校総体優勝
  • 2011年 – 2016年: 高円宮杯U-18 プレミアリーグ所属
  • 2013年: 高円宮杯U-18優勝
  • 2017年: 全国高校総体優勝 全国高校選手権準優勝、プレミアリーグ再昇格
  • 2018年: 全国高校選手権準優勝

本田監督がこれまで育てたJリーガー

市原緑高校

佐々木雅尚
宮澤ミシェル
石井正忠
古川昌明
松橋力蔵

習志野高校

名塚善寛
新明正広
鈴木敬之
御厨景
桜井啓
小田島隆幸
廣山望
福田健二
薮崎真哉
加藤元気
吉野智行
関隆倫
玉田圭司
本間勲
町田忠道
栗澤僚一
池上礼一
柴小屋雄一

流経大柏高校

深津康太
近藤祐介
船山祐二
足立原健二
阿部嵩
阿部琢久哉
飯田真輝
赤井秀行
三門雄大
池田圭
平木良樹
椎名一馬
山下訓広
林彰洋
石川大徳
長谷川悠
千明聖典
白井裕人
川里光太郎
大前元紀
比嘉祐介
小島聖矢
関田寛士
中里崇宏
村瀬勇太
上條宏晃
保戸田春彦
増田智宏
田口泰士
久場光
河本明人
石井雄輔
水木将人
島崎恭平
渡邉悠介
吉村康平
三渡洲舞人
増田繁人
吉田眞紀人
熊田陽樹
松澤香輝
鈴木翔登
進藤誠司
富田湧也
八角大智
湯澤聖人
中村慶太
田上大地
古波津辰希
呉屋大翔
真栄城兼哉
溝渕雄志
小林大地
武田将平
青木亮太
小泉慶
立花歩夢
ジャーメイン良
秋山陽介
今津佑太
小川諒也
澤田篤樹
高橋一輝
本村武揚
関川郁万
猪瀬康介



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