藤枝東高校(静岡県)
目次
学校・クラブ発足とサッカー部の歴史
学校・サッカー部の設立について
静岡県立藤枝東高等学校は、1924年(大正13年)に静岡県立志太中学校として創立され、100年を超える歴史を誇る静岡県藤枝市天王町に所在する公立(県立)の全日制普通科高等学校です。建学の精神・校訓に「至誠一貫」を掲げ、高い志と豊かな人間性を備え、地域および国際社会に貢献するリーダーの育成を教育目標としています。県内屈指の進学校として東京大学をはじめとする難関国公立大学や有名私立大学へ毎年多数の合格者を輩出する一方、部活動においても極めて高い実績を残し、真の文武両道を体現してきました。
サッカー部は1924年の学校創立と同時に産声をあげました。初代校長・錦織兵三郎が「サッカーは知力、体力、徳性を同時に鍛え上げる最良のスポーツである」と確信し、全国でも極めて珍しい「校技」としてサッカーを指定。学校と地域社会が一体となってサッカーを育む土壌が築かれました。緑豊かなキャンパスには照明完備のグラウンドや充実した体育施設が整備され、「サッカーのまち藤枝」のシンボルとして全国にその名を轟かせ続けています。
創部・設立の経緯
藤枝東高校サッカー部が全国の頂点へと上り詰めた背景には、創部以来の「校技」としての誇りと、大正・昭和初期から積み重ねられた地域ぐるみの情熱的な強化があります。初代校長が校技に定めて以来、全校生徒が体育の授業や学校行事でボールを蹴り、町全体にサッカー文化が急速に根づいていきました。昭和初期には「藤枝の蹴球」として全国に知られるようになり、戦前・戦後を通じて静岡県が「サッカー王国」と呼ばれる原動力となりました。
戦後の1960年代には黄金期を迎え、1962年度(第41回)および1963年度(第42回)の全国高校サッカー選手権大会で連覇を達成。さらに1966年には第1回全国高校総体(インターハイ)の初代王者に輝き、同年の選手権、国体も制して史上初の全国3冠を達成しました。気品ある「藤色(紫)」のユニフォームは全国の高校サッカーファンの憧れとなり、ショートパスと流麗な個人技を織り交ぜたスタイルを確立。名将・服部康雄監督の時代にも長谷部誠や成岡翔らを輩出し、日本サッカーの歴史を牽引する名門としての地位を不動のものにしました。
全国大会等の成績について
藤枝東高校サッカー部は、冬の全国高校サッカー選手権大会において通算4度の全国優勝と4度の全国準優勝を誇り、高校サッカーの歴史に燦然と輝く名門です。
選手権の歴史において、1962年度(第41回)に悲願の全国初制覇を果たすと、翌1963年度(第42回)には圧倒的な強さで決勝を制して大会連覇を達成。さらに1966年度(第45回)と1970年度(第49回)にも全国の頂点に立ち、計4度の全国優勝を成し遂げました。また、1964年度(第43回)、1972年度(第51回)、1973年度(第52回)にも準優勝を記録。2007年度(第86回大会)には、名将・服部康雄監督のもとで河井陽介や山田大記らを擁し、洗練されたパスサッカーを武器に国立競技場での決勝へ進出。流通経済大柏高校との決勝では惜しくも敗れ準優勝となったものの、美しく連動する藤枝東スタイルは全国のサッカーファンに強烈なインパクトを残しました。通算出場回数は25回を数え、常に静岡の誇りとして全国の舞台に君臨しています。
夏の全国高校総体(インターハイ)においても不滅の足跡を刻んでいます。1966年に青森県で開催された記念すべき第1回大会で見事に優勝を飾り、インターハイの初代王者に輝きました。さらに1971年(第6回大会)にも全国制覇を成し遂げ、通算2度の夏の頂点に君臨。1973年、1975年、1985年、1990年など準優勝も4回を数え、激戦区・静岡予選を勝ち抜いて全国の舞台に立てば、常に優勝候補筆頭として大会を席巻してきました。
通年制リーグの普及期においても、1990年代に全日本ユース選手権を2度制覇するなど、高校・Jクラブユースの枠を超えた真の日本一に輝いています。現在は高円宮杯 JFA U-18サッカープリンスリーグ東海に所属し、清水エスパルスやジュビロ磐田のアカデミー勢、地域のライバル校と年間を通じてしのぎを削り、伝統の勝負強さと現代的なインテンシティを高次元で融合させながら、最高峰プレミアリーグ昇格と全国タイトル奪還を目指して熱戦を繰り広げています。
強化の結果
藤枝東高校が100年にわたり数多の日本代表やJリーガーを輩出し続ける強さの根源は、「至誠一貫」の精神に基づく人間教育と、サッカーのまち藤枝が育む唯一無二の育成環境にあります。最大の特徴は、公立の進学校でありながら、全国屈指の技術力と高い戦術眼を両立させる「文武両道」の育成システムです。限られた放課後の練習時間の中で、選手自らが思考し、判断し、実行する主体性を徹底して重視。流麗なパスワークと個のテクニックを融合させた伝統のサッカースタイルを磨き上げています。
第一の強みは、地域社会、OB会、後援会による圧倒的な支援体制です。2024年に創部100周年を迎えたサッカー部を支えるべく、OB会や地域企業が強力に連携。オフィシャルサプライヤーであるプーマ(PUMA)の手厚いサポートに加え、最先端のGPSトラッキングシステムや欧州基準のスポーツ栄養学の導入など、プロクラブに匹敵する科学的な強化環境を整えています。
第二の強みは、中学年代の地域育成組織「藤枝東FC」をはじめとする一貫した指導ネットワークと、自主自律を促す伝統の気風です。中山雅史や長谷部誠に象徴されるように、技術の高さだけでなく、強い責任感と不屈のリーダーシップを備えた人間性を形成。名門のプライドを背負い、自らを律して努力を継続できるタフなメンタリティが、高校サッカー界のみならず日本代表や欧州トップリーグで長年活躍する一流選手を育む基盤となっています。
監督・コーチ
現監督
植松弘樹
植松弘樹(うえまつ・ひろき)は、静岡県出身のサッカー指導者であり、藤枝東高校サッカー部を率いる現監督です。自身も藤枝東高校サッカー部の出身であり、現役時代は名門のキャプテンとしてチームを牽引し、伝統の藤色を背負って全国の舞台で戦った経験を持ちます。
高校卒業後は名門・早稲田大学ア式蹴球部に進学してプレー。大学サッカーの最高峰で高度な戦術理論とリーダーシップを深めました。大学卒業後は指導者の道を志し、母校である藤枝東高校の教員およびサッカー部監督に就任しました。
植松監督は、藤枝東が100年の歴史で培ってきた「ボールを大切にし、技術とインテリジェンスで相手を凌駕する」流麗なサッカースタイルを継承しつつ、現代サッカーに不可欠な強度の高いプレッシング、攻守のトランジション、フィジカルの向上を論理的に融合。名門公立校ならではの文武両道を重んじ、選手が自ら課題を発見して解決する自立心を育てる指導を徹底しています。プリンスリーグ東海での戦いを通じてチームを進化させ、全国の頂点奪還を目指しています。
歴代監督・名将
- 服部康雄(元監督)
藤枝東高校を率いて長年にわたり全国トップレベルを維持した名将。長谷部誠、成岡翔、大井健太郎、岡田隆、山田大記、河井陽介、村松大輔ら、後に日本代表やJリーグを牽引する数多くのトッププロを育成。2007年度(第86回全国高校サッカー選手権大会)には卓越したパスサッカーで全国準優勝へと導いた。 - 勝沢要/山田良一(元監督)
昭和の黄金期を築き上げた指導陣。1960年代の選手権連覇や第1回インターハイ制覇、史上初の全国3冠達成など、藤枝東の名を全国に轟かせ「サッカー王国静岡」の礎を築いた。
チームのサッカー
- スローガン・理念:伝統の精神的支柱である「至誠一貫」。ピッチ上では「技術と知性でボールを支配し、美しく華麗に勝つ」ポゼッションサッカーを追求します。
- 基本フォーメーション:伝統的な「4-4-2」から、現代的な「4-2-3-1」および「4-3-3」。ピッチを広く使い、どのエリアでもトライアングルを形成してテンポ良くパスを繋ぎます。
- 戦術的特徴:伝統の「藤色(紫)」のユニフォームに象徴される、正確無比なトラップ&パスと、相手の逆を突く戦術的インテリジェンスが代名詞です。後方からの丁寧なビルドアップで相手のプレスをいなし、中央とサイドを自在に使い分けて主導権を掌握。近年は植松監督のもと、ボールを失った瞬間の即時奪回(ゲーゲンプレス)や球際の競り合いの強度も高まり、伝統の華麗さと現代的なタフさを兼ね備えたトータルフットボールを展開しています。
大会の成績
全国高校サッカー選手権大会
通算25回出場、全国優勝4回(1962, 1963, 1966, 1970)、準優勝4回(1964, 1972, 1973, 2007)。1960年代に2度の全国制覇と連覇を成し遂げ、1966年には全国3冠を達成。2007年度には服部康雄監督のもとで洗練されたサッカーを披露し全国準優勝を果たしました。
1960年代〜1990年代(黄金期から激戦の時代)
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1960年度 | 藤枝東高校 | 第39回全国高校サッカー選手権大会(3回目) | 全国大会 出場 | 静岡県代表として全国大会へ参戦 |
| 1961年度 | 藤枝東高校 | 第40回全国高校サッカー選手権大会(4回目) | 全国大会 ベスト8 | 準々決勝まで進出し全国上位に定着 |
| 1962年度 | 藤枝東高校 | 第41回全国高校サッカー選手権大会(5回目) | 全国大会 優勝(初優勝) | 決勝で浦和市立を破り悲願の全国初制覇 |
| 1963年度 | 藤枝東高校 | 第42回全国高校サッカー選手権大会(6回目) | 全国大会 優勝(2回目) | 決勝で明星を2-0で下し大会連覇を達成 |
| 1964年度 | 藤枝東高校 | 第43回全国高校サッカー選手権大会(7回目) | 全国大会 準優勝 | 3連覇を目指し決勝進出、惜しくも準優勝 |
| 1965年度 | 藤枝東高校 | 第44回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 激戦の静岡予選決勝で惜敗 |
| 1966年度 | 藤枝東高校 | 第45回全国高校サッカー選手権大会(8回目) | 全国大会 優勝(3回目) | インハイ・国体・選手権を制し史上初の全国3冠 |
| 1967年度 | 藤枝東高校 | 第46回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出も全国を逃す |
| 1968年度 | 藤枝東高校 | 第47回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 浜名高校などと激しい覇権争い |
| 1969年度 | 藤枝東高校 | 第48回全国高校サッカー選手権大会(9回目) | 全国大会 ベスト8 | 3年ぶりに全国出場を果たし8強進出 |
| 1970年度 | 藤枝東高校 | 第49回全国高校サッカー選手権大会(10回目) | 全国大会 優勝(4回目) | 決勝で浜名との静岡勢対決を制し4度目の優勝 |
| 1971年度 | 藤枝東高校 | 第50回全国高校サッカー選手権大会(11回目) | 全国大会 ベスト8 | 夏の総体優勝に続き冬も準々決勝進出 |
| 1972年度 | 藤枝東高校 | 第51回全国高校サッカー選手権大会(12回目) | 全国大会 準優勝 | 決勝で浦和市立と対戦し惜しくも準優勝 |
| 1973年度 | 藤枝東高校 | 第52回全国高校サッカー選手権大会(13回目) | 全国大会 準優勝 | 2年連続決勝進出、北陽に惜敗し準優勝 |
| 1974年度 | 藤枝東高校 | 第53回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水東などの台頭により激戦激化 |
| 1975年度 | 藤枝東高校 | 第54回全国高校サッカー選手権大会(14回目) | 全国大会 ベスト8 | 全国準々決勝へ進出し存在感を発揮 |
| 1976年度 | 藤枝東高校 | 第55回全国高校サッカー選手権大会(15回目) | 全国大会 ベスト4 | 堂々の全国4強進出を果たす |
| 1977年度 | 藤枝東高校 | 第56回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水東、浜名と激しい代表争い |
| 1978年度 | 藤枝東高校 | 第57回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1979年度 | 藤枝東高校 | 第58回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡のレベルの高さを象徴する激戦 |
| 1980年度 | 藤枝東高校 | 第59回全国高校サッカー選手権大会(16回目) | 全国大会 出場 | 5年ぶりに選手権全国大会へ復帰 |
| 1981年度 | 藤枝東高校 | 第60回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水東が全国制覇する激戦区 |
| 1982年度 | 藤枝東高校 | 第61回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1983年度 | 藤枝東高校 | 第62回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水東との激闘 |
| 1984年度 | 藤枝東高校 | 第63回全国高校サッカー選手権大会(17回目) | 全国大会 ベスト4 | 中山雅史らを擁し国立の準決勝へ進出 |
| 1985年度 | 藤枝東高校 | 第64回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水商との熱戦 |
| 1986年度 | 藤枝東高校 | 第65回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1987年度 | 藤枝東高校 | 第66回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 東海大一が台頭する中で奮戦 |
| 1988年度 | 藤枝東高校 | 第67回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1989年度 | 藤枝東高校 | 第68回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水商が全国制覇する激戦区 |
| 1990年度 | 藤枝東高校 | 第69回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 夏の総体準優勝メンバーで挑むも惜敗 |
| 1991年度 | 藤枝東高校 | 第70回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1992年度 | 藤枝東高校 | 第71回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 山田暢久らが主力として台頭 |
| 1993年度 | 藤枝東高校 | 第72回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水商との激戦で惜敗 |
| 1994年度 | 藤枝東高校 | 第73回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選準決勝進出 |
| 1995年度 | 藤枝東高校 | 第74回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡学園との白熱した攻防 |
| 1996年度 | 藤枝東高校 | 第75回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 全日本ユース制覇の年、県予選惜敗 |
| 1997年度 | 藤枝東高校 | 第76回全国高校サッカー選手権大会(18回目) | 全国大会 出場 | 石川竜也らを擁し13年ぶりに全国選手権出場 |
| 1998年度 | 藤枝東高校 | 第77回全国高校サッカー選手権大会(19回目) | 全国大会 ベスト16 | 2年連続出場、全国3回戦進出 |
| 1999年度 | 藤枝東高校 | 第78回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡学園に惜敗し全国逃す |
2000年代〜2020年代(2007年準優勝から現在)
2000年代には長谷部誠主将の世代や成岡翔・大井健太郎らのタレントが躍動。2007年度には河井陽介や山田大記らを擁して国立決勝へ進出し、全国準優勝を果たしました。近年も静岡県内の頂点を目指し、熱戦を繰り広げています。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2000年度 | 藤枝東高校 | 第79回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 成岡翔、大井健太郎らが1年で台頭 |
| 2001年度 | 藤枝東高校 | 第80回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 長谷部誠主将、県決勝で静岡学園に惜敗 |
| 2002年度 | 藤枝東高校 | 第81回全国高校サッカー選手権大会(20回目) | 全国大会 出場 | 成岡翔、大井健太郎ら擁し全国大会へ参戦 |
| 2003年度 | 藤枝東高校 | 第82回全国高校サッカー選手権大会(21回目) | 全国大会 出場 | 2年連続出場、全国の舞台で戦う |
| 2004年度 | 藤枝東高校 | 第83回全国高校サッカー選手権大会(22回目) | 全国大会 ベスト8 | 赤星貴文らを擁し3年連続出場、8強進出 |
| 2005年度 | 藤枝東高校 | 第84回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で常葉橘に惜敗 |
| 2006年度 | 藤枝東高校 | 第85回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で静岡学園に競り負ける |
| 2007年度 | 藤枝東高校 | 第86回全国高校サッカー選手権大会(23回目) | 全国大会 準優勝 | 河井陽介、山田大記らを擁し国立決勝進出、準優勝 |
| 2008年度 | 藤枝東高校 | 第87回全国高校サッカー選手権大会(24回目) | 全国大会 出場 | 前年準優勝の勢いで2大会連続全国出場 |
| 2009年度 | 藤枝東高校 | 第88回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で藤枝明誠に惜敗 |
| 2010年度 | 藤枝東高校 | 第89回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2011年度 | 藤枝東高校 | 第90回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で静岡学園に敗れる |
| 2012年度 | 藤枝東高校 | 第91回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で常葉橘にPK戦惜敗 |
| 2013年度 | 藤枝東高校 | 第92回全国高校サッカー選手権大会(25回目) | 全国大会 出場 | 5年ぶりに静岡予選を制し全国出場を達成 |
| 2014年度 | 藤枝東高校 | 第93回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 決勝で静岡学園に惜敗し準優勝 |
| 2015年度 | 藤枝東高校 | 第94回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 決勝で藤枝明誠に惜敗し準優勝 |
| 2016年度 | 藤枝東高校 | 第95回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で浜松開誠館に敗退 |
| 2017年度 | 藤枝東高校 | 第96回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2018年度 | 藤枝東高校 | 第97回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2019年度 | 藤枝東高校 | 第98回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 決勝で静岡学園に惜敗し準優勝 |
| 2020年度 | 藤枝東高校 | 第99回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で藤枝明誠に競り負ける |
| 2021年度 | 藤枝東高校 | 第100回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 植松体制初年度、決勝で静岡学園に惜敗 |
| 2022年度 | 藤枝東高校 | 第101回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で浜松開誠館にPK戦惜敗 |
| 2023年度 | 藤枝東高校 | 第102回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 決勝で静岡学園に惜敗し準優勝 |
| 2024年度 | 藤枝東高校 | 第103回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝進出、熱戦を展開 |
| 2025年度 | 藤枝東高校 | 第104回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 上位進出 | 王座奪還を目指し静岡予選で奮戦 |
| 2026年度 | 藤枝東高校 | 第105回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 参戦中 | 伝統の藤色を胸に選手権切符を狙う |
全国高校総体(インターハイ)
通算出場多数、全国優勝2回(1966, 1971)、準優勝4回(1973, 1975, 1985, 1990)。記念すべき1966年の第1回インターハイで初代王座を獲得。1971年にも全国制覇を成し遂げ、常に全国の主役として夏の舞台を沸かせてきました。
1960年代〜1990年代(初代王者から夏の強豪へ)
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1966年 | 藤枝東高校 | 第1回全国高校総体(初出場) | 全国大会 優勝(初優勝) | 青森で開催された第1回大会で記念すべき初代王者 |
| 1967年 | 藤枝東高校 | 第2回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 連覇を目指すも県予選で惜敗 |
| 1968年 | 藤枝東高校 | 第3回全国高校総体(2回目) | 全国大会 ベスト8 | 2年ぶりに全国復帰し準々決勝進出 |
| 1969年 | 藤枝東高校 | 第4回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡予選で激戦を展開 |
| 1970年 | 藤枝東高校 | 第5回全国高校総体(3回目) | 全国大会 ベスト8 | 同年冬の選手権制覇メンバーを中心に8強 |
| 1971年 | 藤枝東高校 | 第6回全国高校総体(4回目) | 全国大会 優勝(2回目) | 決勝で徳島商を破り5年ぶり2度目の全国制覇 |
| 1972年 | 藤枝東高校 | 第7回全国高校総体(5回目) | 全国大会 出場 | 連覇を目指し全国大会へ参戦 |
| 1973年 | 藤枝東高校 | 第8回全国高校総体(6回目) | 全国大会 準優勝 | 決勝で児玉に惜敗し準優勝 |
| 1974年 | 藤枝東高校 | 第9回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1975年 | 藤枝東高校 | 第10回全国高校総体(7回目) | 全国大会 準優勝 | 快進撃で決勝進出、惜しくも準優勝 |
| 1976年 | 藤枝東高校 | 第11回全国高校総体(8回目) | 全国大会 ベスト8 | 全国準々決勝進出 |
| 1977年 | 藤枝東高校 | 第12回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡予選で惜敗 |
| 1978年 | 藤枝東高校 | 第13回全国高校総体(9回目) | 全国大会 出場 | 県代表として全国の舞台へ |
| 1979年 | 藤枝東高校 | 第14回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水東と熱戦 |
| 1980年 | 藤枝東高校 | 第15回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1981年 | 藤枝東高校 | 第16回全国高校総体(10回目) | 全国大会 出場 | 記念すべき10回目のインターハイ全国出場 |
| 1982年 | 藤枝東高校 | 第17回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水東が全国制覇する激戦区 |
| 1983年 | 藤枝東高校 | 第18回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選惜敗 |
| 1984年 | 藤枝東高校 | 第19回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 中山雅史らを擁するも夏は予選敗退 |
| 1985年 | 藤枝東高校 | 第20回全国高校総体(11回目) | 全国大会 準優勝 | 決勝で九州学院に惜敗、堂々の準優勝 |
| 1986年 | 藤枝東高校 | 第21回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 東海大一との覇権争い |
| 1987年 | 藤枝東高校 | 第22回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1988年 | 藤枝東高校 | 第23回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水商との熱戦 |
| 1989年 | 藤枝東高校 | 第24回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1990年 | 藤枝東高校 | 第25回全国高校総体(12回目) | 全国大会 準優勝 | 快進撃で決勝進出、清水商との静岡勢対決で準優勝 |
| 1991年 | 藤枝東高校 | 第26回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1992年 | 藤枝東高校 | 第27回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 山田暢久らが主力として活躍 |
| 1993年 | 藤枝東高校 | 第28回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選惜敗 |
| 1994年 | 藤枝東高校 | 第29回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1995年 | 藤枝東高校 | 第30回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡学園との争い |
| 1996年 | 藤枝東高校 | 第31回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 全日本ユース優勝の世代、夏は県予選惜敗 |
| 1997年 | 藤枝東高校 | 第32回全国高校総体(13回目) | 全国大会 出場 | 石川竜也らを擁し全国大会へ参戦 |
| 1998年 | 藤枝東高校 | 第33回全国高校総体(14回目) | 全国大会 ベスト8 | 2年連続出場、全国8強へ進出 |
| 1999年 | 藤枝東高校 | 第34回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
2000年代〜2020年代(激戦区静岡での戦い)
2000年代以降も激戦区・静岡の厳しい予選を勝ち抜いて全国インターハイへたびたび進出。2007年には全国16強、2022年にも4年ぶりの出場を果たすなど、夏の全国舞台でも常に高い存在感を示しています。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2000年 | 藤枝東高校 | 第35回全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 長谷部誠、成岡翔ら新世代が台頭 |
| 2001年 | 藤枝東高校 | 第36回全国高校総体静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 長谷部主将、決勝で惜敗し全国逃す |
| 2002年 | 藤枝東高校 | 第37回全国高校総体(15回目) | 全国大会 出場 | 成岡翔、大井健太郎らを擁し全国参戦 |
| 2003年 | 藤枝東高校 | 第38回全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝敗退 |
| 2004年 | 藤枝東高校 | 第39回全国高校総体(16回目) | 全国大会 出場 | 赤星貴文らを擁し全国の舞台へ |
| 2005年 | 藤枝東高校 | 平成17年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝敗退 |
| 2006年 | 藤枝東高校 | 平成18年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 決勝で静岡学園に惜敗 |
| 2007年 | 藤枝東高校 | 第42回全国高校総体(17回目) | 全国大会 ベスト16 | 河井陽介、山田大記らを擁し全国3回戦進出 |
| 2008年 | 藤枝東高校 | 平成20年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝敗退 |
| 2009年 | 藤枝東高校 | 平成21年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝敗退 |
| 2010年 | 藤枝東高校 | 平成22年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2011年 | 藤枝東高校 | 平成23年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で清水商に惜敗 |
| 2012年 | 藤枝東高校 | 平成24年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝敗退 |
| 2013年 | 藤枝東高校 | 第48回全国高校総体(18回目) | 全国大会 出場 | 6年ぶりに夏の全国大会復帰を果たす |
| 2014年 | 藤枝東高校 | 平成26年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝敗退 |
| 2015年 | 藤枝東高校 | 第50回全国高校総体(19回目) | 全国大会 出場 | 2年ぶりにインターハイ全国出場 |
| 2016年 | 藤枝東高校 | 平成28年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2017年 | 藤枝東高校 | 第52回全国高校総体(20回目) | 全国大会 出場 | 節目の20回目出場を達成 |
| 2018年 | 藤枝東高校 | 第53回全国高校総体(21回目) | 全国大会 出場 | 2年連続出場、夏の全国で戦う |
| 2019年 | 藤枝東高校 | 令和元年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で清水桜が丘に惜敗 |
| 2020年 | 藤枝東高校 | 令和2年度全国高校総体静岡県予選 | 大会中止 | 新型コロナウイルス拡大により中止 |
| 2021年 | 藤枝東高校 | 令和3年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 植松新体制初年度、準決勝敗退 |
| 2022年 | 藤枝東高校 | 第55回全国高校総体(22回目) | 全国大会 出場 | 4年ぶりに夏の全国切符を掴み徳島総体へ |
| 2023年 | 藤枝東高校 | 令和5年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で静岡学園に惜敗 |
| 2024年 | 藤枝東高校 | 令和6年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝進出、熱戦を展開 |
| 2025年 | 藤枝東高校 | 令和7年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 上位進出 | 夏の全国復帰を目指し奮戦 |
| 2026年 | 藤枝東高校 | 令和8年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 参戦中 | インハイ王座奪還へ挑む |
高円宮杯 U-18サッカーリーグ(全日本ユース / プリンスリーグ東海)
1990年代に全日本ユース選手権を2度制覇。2003年のJFAプリンスリーグU-18東海創設以降、トップチームはJアカデミー勢や東海地区の強豪校と激しい戦いを繰り広げ、最高峰プレミアリーグ昇格を狙い続けています。
1990年代〜2000年代(全日本ユース制覇からプリンス東海創設)
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1990年 | 藤枝東高校 | 第1回全日本ユース選手権 | 全国大会 出場 | 高校年代クラブ対抗の第1回大会に出場 |
| 1991年 | 藤枝東高校 | 第2回全日本ユース選手権 | 東海予選敗退 | Jユース発足前夜の激戦 |
| 1992年 | 藤枝東高校 | 第3回全日本ユース選手権 | 東海予選敗退 | 山田暢久らが台頭 |
| 1993年 | 藤枝東高校 | 第4回全日本ユース選手権 | 全国大会 出場 | Jリーグ開幕初年度、全国大会参戦 |
| 1994年 | 藤枝東高校 | 第5回全日本ユース選手権 | 東海予選敗退 | 東海地区予選で惜敗 |
| 1995年 | 藤枝東高校 | 第6回全日本ユース選手権 | 全国大会 ベスト8 | 秋の全国大会で準々決勝進出 |
| 1996年 | 藤枝東高校 | 第7回全日本ユース選手権 | 全国大会 優勝 | クラブユース勢を撃破し全日本ユース初制覇 |
| 1997年 | 藤枝東高校 | 第8回全日本ユース選手権 | 全国大会 出場 | 石川竜也らを擁し全国参戦 |
| 1998年 | 藤枝東高校 | 第9回全日本ユース選手権 | 全国大会 出場 | 2年連続で全日本ユース全国大会へ |
| 1999年 | 藤枝東高校 | 第10回全日本ユース選手権 | 東海予選敗退 | 静岡ユース勢との激闘 |
| 2000年 | 藤枝東高校 | 第11回全日本ユース選手権 | 東海予選敗退 | 長谷部誠、成岡翔らの新体制始動 |
| 2001年 | 藤枝東高校 | 第12回全日本ユース選手権 | 東海予選敗退 | 長谷部主将、激戦の東海予選惜敗 |
| 2002年 | 藤枝東高校 | 第13回全日本ユース選手権 | 全国大会 ベスト8 | 成岡翔、大井健太郎を擁し全国8強 |
| 2003年 | 藤枝東高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 3位 | 地域別リーグ創設初年度、堂々の上位フィニッシュ |
| 2004年 | 藤枝東高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 2位 | 赤星貴文らを擁し高円宮杯全国大会出場 |
| 2005年 | 藤枝東高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 3位 | 安定したパスワークで上位をキープ |
| 2006年 | 藤枝東高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 4位 | 山田大記、河井陽介らが台頭 |
| 2007年 | 藤枝東高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 3位 | 河井、山田大記らを擁し冬の選手権準Vへ弾み |
| 2008年 | 藤枝東高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 2位 | Jユース勢と互角の優勝争いを展開 |
| 2009年 | 藤枝東高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 4位 | 東海トップレベルの強度で研鑽 |
2010年代〜2020年代(プリンスリーグ東海での挑戦)
2011年にプリンス東海2部で優勝して1部へ復帰。以降、清水エスパルスユースやジュビロ磐田U-18などJユース勢と拮抗した戦いを続け、毎シーズン安定して上位争いに絡んでいます。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2010年 | 藤枝東高校 | JFAプリンスリーグU-18東海2部 | 4位 | リーグ再編期、2部で奮闘 |
| 2011年 | 藤枝東高校 | JFAプリンスリーグU-18東海2部 | 優勝 | 2部優勝を果たしプリンス東海1部へ昇格 |
| 2012年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 3位 | 復帰初年度で3位、地力を証明 |
| 2013年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 4位 | 安定したポゼッションでJ下部を撃破 |
| 2014年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 5位 | 激戦の東海リーグで残留を維持 |
| 2015年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 4位 | 上位進出を果たす |
| 2016年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 5位 | 攻守の切り替えを磨き勝ち点を獲得 |
| 2017年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 4位 | Jユース勢と拮抗した戦い |
| 2018年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 4位 | 安定した戦いぶりで上位維持 |
| 2019年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 5位 | プレミア参入を目指し奮戦 |
| 2020年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 開催規模縮小 | コロナ禍の短期日程で存在感を発揮 |
| 2021年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 3位 | 植松体制初年度、3位フィニッシュ |
| 2022年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 3位 | 首位争いを演じ上位をキープ |
| 2023年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 3位 | Jユース勢と激闘を繰り広げ3位 |
| 2024年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 4位 | 流麗なパスサッカーで勝ち点積み上げ |
| 2025年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 上位争い | プレミア昇格を目標に熱戦を展開 |
| 2026年 | 藤枝東高校 | 高円宮杯プリンスリーグ東海 | 参戦中 | 東海の覇権奪還とプレミア昇格に挑む |
ユニフォーム
- サプライヤー:プーマ(PUMA)
- カラー・デザイン詳細:
- 1stキット(FP正):シャツ「藤色(バイオレット/パープル)」/パンツ「白」/ソックス「藤色(バイオレット/パープル)」。高潔な気品と伝統を象徴する唯一無二の「藤色」を纏う、高校サッカー界屈指の伝統的デザイン。
- 2ndキット(FP副):シャツ「白」/パンツ「白」/ソックス「白」。クリーンで洗練されたオールホワイトモデル。
- GKキット:正「緑/緑/緑」、副「ピンク/ピンク/ピンク」または「黄/黄/黄」。
部員人数
- 総部員数:約80〜90名。
- カテゴリー構成・活動実態:
- トップチーム(Aチーム):高円宮杯プリンスリーグ東海、インターハイ、選手権に参戦。
- セカンド・サードチーム(B・Cチーム等):高円宮杯静岡県ユースリーグ(Aリーグ・Bリーグ)、東海ルーキーリーグU-16等に参戦し、部員全員が公式戦の舞台で実戦経験を積める体制を整備。
- 主な出身チーム:
- NPO藤枝東FCジュニアユース(中高一貫の地域育成連携クラブ)
- 清水エスパルスジュニアユース、ジュビロ磐田U-15、藤枝明誠SC、ホンダFCなどの静岡県内名門街クラブ・Jアカデミー
- 静岡県内各中学校のサッカー部、および全国各地の強豪クラブ
学校生活
- 練習環境:
- 藤枝東高校校内グラウンド(夜間照明設備完備、土グラウンドながら整備の行き届いた伝統のピッチ)。
- 藤枝総合運動公園サッカー場(人工芝・天然芝ピッチを定期的に利用)。
- 校内トレーニングルーム(体幹トレーニング機器、フリーウエイト設備を完備)。
- オフィシャルパートナー(PUMA、SOLTILO KnowsのGPSトラッキング、マイプロテイン等)による最新のスポーツ科学・栄養サポート。
- 練習時間:
- 平日:放課後(16:00〜18:30頃)、進学校のため約2時間の短時間集中型トレーニング。
- 週末:プリンスリーグ東海公式戦、県リーグ公式戦、遠征・練習試合。
寮について
藤枝東高校サッカー部には、学校直営の専用学生寮は設置されておらず、原則として自宅から公共交通機関や自転車等を利用して通学するスタイルをとっています。
かつては県外や遠方出身の部員を受け入れていた民間宿舎等が存在していましたが、現在は閉館しているため、部員の大半は藤枝市内をはじめ、志太・榛原地区や静岡市、掛川市などの近隣エリアから自宅通学しています。遠方から進学を希望する生徒がいる場合は、親戚宅や民間の下宿、身元引受人などを各家庭で個別に手配し、自立した生活環境を整えて通学しています。専用寮がない環境だからこそ、選手たちは毎日の体調管理や規則正しい生活習慣を自発的に実践。家庭の温かなサポートを受けながら学業と高強度のトレーニングを両立させ、社会で通用する高い自己管理能力を育んでいます。
入部するには
- 高校の学科・コース・偏差値:
- 全日制普通科(偏差値:約65〜67)※静岡県内有数の公立進学校
- 入部方法:
- 一般入試(静岡県公立高校入試):学力検査および面接を経て入学後に入部。公立高校であるため、サッカー推薦のみによる無試験入学枠はなく、高い学力水準をクリアすることが求められます。
- 学校裁量枠(体育・サッカー):公立高校入試における裁量枠選抜が実施されており、中学時代の競技実績や実技検査、学力検査を総合的に評価して選抜。
- 入学後は希望すれば原則として誰でもサッカー部に入部可能。一般入試で入学した選手が努力を重ねてレギュラーを掴むケースも多数存在します。
進路
- 大学進学実績:進学校として東京大学、京都大学、筑波大学、早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学、中央大学、法政大学、関西大学、同志社大学、立命館大学などの難関大学へ多数進学。筑波大学、早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学などの全日本大学サッカー強豪校で主将や主力として活躍するOBを多数輩出。
- プロ・Jリーグ出身選手一覧(藤枝東高校サッカー部出身者・高校卒業年度順):
- 1932年度卒:松永行(旧制志太中学 → 東京文理科大学、元日本代表、ベルリン五輪「ベルリンの奇跡」立役者)
- 1939年度卒:松永信夫(旧制志太中学 → 東京文理科大学、元日本代表)
- 1945年度卒:笹野積次(藤枝東高校 → 早稲田大学、元日本代表)
- 1946年度卒:松永碩(藤枝東高校 → 早稲田大学、元日本代表、元日立化成商事社長)
- 1959年度卒:橡尾健次(藤枝東高校 → 古河電気工業、元日本代表)
- 1961年度卒:富沢清司(藤枝東高校 → 古河電気工業、元日本代表、メキシコ五輪銅メダリスト)
- 1962年度卒:桑原勝義(藤枝東高校 → 日本鋼管、元日本代表)
- 1962年度卒:菊川凱夫(藤枝東高校 → 明治大学 → 三菱重工業、元日本代表、元アビスパ福岡監督)
- 1962年度卒:山口芳忠(藤枝東高校 → 中央大学 → 日立製作所、元日本代表、メキシコ五輪銅メダリスト)
- 1966年度卒:松永章(藤枝東高校 → 早稲田大学 → 日立製作所、元日本代表)
- 1970年度卒:堀井美晴(藤枝東高校 → ヤンマーディーゼル、元日本代表、元川崎フロンターレ監督)
- 1971年度卒:碓井博行(藤枝東高校 → 早稲田大学 → 日立製作所、元日本代表、JSL得点王)
- 1973年度卒:中村一義(藤枝東高校 → 法政大学 → 富士通、元日本代表)
- 1980年度卒:倉田安治(藤枝東高校 → 筑波大学 → 本田技研 → 読売クラブ、元日本代表、元FC岐阜監督)
- 1985年度卒:中山雅史(藤枝東高校 → 筑波大学 → ジュビロ磐田 → コンサドーレ札幌 → アスルクラロ沼津、元日本代表、W杯日本人初ゴール、現アスルクラロ沼津監督)
- 1987年度卒:加藤寿一(藤枝東高校 → 筑波大学 → サンフレッチェ広島 他)
- 1987年度卒:三上明紀(藤枝東高校 → 三菱重工業/浦和レッズ)
- 1988年度卒:稲垣博行(藤枝東高校 → 法政大学 → セレッソ大阪 他)
- 1988年度卒:見崎充洋(藤枝東高校 → 明治大学 → ヤンマー/セレッソ大阪 他)
- 1990年度卒:渡辺毅(藤枝東高校 → 中央大学 → 柏レイソル、元日本代表)
- 1993年度卒:山田暢久(藤枝東高校 → 浦和レッズ、元日本代表、J1通算501試合出場・ワン・クラブ・マン)
- 1997年度卒:石川竜也(藤枝東高校 → 筑波大学 → 鹿島アントラーズ → 東京ヴェルディ → モンテディオ山形、元日本代表)
- 1998年度卒:佐賀一平(藤枝東高校 → コンサドーレ札幌 → モンテディオ山形 他)
- 1998年度卒:河村優(藤枝東高校 → コンサドーレ札幌 → 水戸ホーリーホック → アビスパ福岡 他)
- 2001年度卒:長谷部誠(藤枝東高校 → 浦和レッズ → VfLヴォルフスブルク → 1.FCニュルンベルク → アイントラハト・フランクフルト / ドイツ、元日本代表主将・W杯3大会連続主将出場)
- 2001年度卒:岡田佑樹(藤枝東高校 → コンサドーレ札幌 → 栃木SC → 水戸ホーリーホック → 藤枝MYFC)
- 2001年度卒:金澤大将(藤枝東高校 → 東京学芸大学 → 横浜FC → 水戸ホーリーホック 他)
- 2002年度卒:成岡翔(藤枝東高校 → ジュビロ磐田 → アビスパ福岡 → アルビレックス新潟 → SC相模原 → 藤枝MYFC)
- 2002年度卒:大井健太郎(藤枝東高校 → ジュビロ磐田 → 湘南ベルマーレ → アルビレックス新潟 → ジュビロ磐田 → イースタン・ライオンズSC / 豪州)
- 2002年度卒:岡田隆(藤枝東高校 → 筑波大学 → ジュビロ磐田 → アビスパ福岡 → ジュビロ磐田)
- 2004年度卒:赤星貴文(藤枝東高校 → 浦和レッズ → 水戸ホーリーホック → MKSポゴニ・シュチェチン / ポーランド 他)
- 2005年度卒:碓井健平(藤枝東高校 → 筑波大学 → 清水エスパルス → ジェフ千葉 → 清水エスパルス → FC町田ゼルビア 他)
- 2005年度卒:中村祐輝(藤枝東高校 → 国士舘大学 → CFRクライオバ / ルーマニア → FC岐阜 → ジュビロ磐田 他)
- 2006年度卒:山田大記(藤枝東高校 → 明治大学 → ジュビロ磐田 → カールスルーエSC / ドイツ → ジュビロ磐田、元日本代表)
- 2006年度卒:原田圭輔(藤枝東高校 → 筑波大学 → ベガルタ仙台 → 栃木SC → FC町田ゼルビア)
- 2007年度卒:河井陽介(藤枝東高校 → 慶應義塾大学 → 清水エスパルス → ファジアーノ岡山 → カターレ富山)
- 2007年度卒:村松大輔(藤枝東高校 → Honda FC → 湘南ベルマーレ → 清水エスパルス → ヴィッセル神戸 他、ロンドン五輪日本代表)
- 2007年度卒:石神幸征(藤枝東高校 → 筑波大学 → 水戸ホーリーホック → ガイナーレ鳥取)
- 2008年度卒:藤田息吹(藤枝東高校 → 慶應義塾大学 → 清水エスパルス → 愛媛FC → 松本山雅FC → モンテディオ山形 → ファジアーノ岡山)
- 2013年度卒:熱川徳政(藤枝東高校 → 駒澤大学 → アスルクラロ沼津 他)
- 2013年度卒:片井巧(藤枝東高校 → 鹿屋体育大学 → FC今治)
- 2014年度卒:長沢祐弥(藤枝東高校 → 明治大学 → アスルクラロ沼津 → 東京ヴェルディ)
- 2018年度卒:平尾拳士朗(藤枝東高校 → 中央大学 → 藤枝MYFC 他)
- 2020年度卒:西川幸之介(藤枝東高校 → 大分トリニータ → 水戸ホーリーホック)





















