森山佳郎(サンフレッチェ広島ユース)高校サッカー名将列伝
目次
1. 監督総評
森山佳郎は、サンフレッチェ広島ユースの監督を2002年8月から2012年までの10年半にわたって務め、高円宮杯全日本ユース選手権、日本クラブユース選手権、Jユースカップ、高円宮杯U-18プレミアリーグチャンピオンシップにおいて「全国主要タイトル通算8冠」を打ち立てたユース年代屈指の名将である。
現役引退後に広島の育成組織へ携わり、「巧いけれど戦えない」と評されがちだったユース選手たちに対し、球際の激しさ、泥臭い走力、最後まで諦めないメンタリティを徹底的に注入。「気持ちには引力がある」という情熱的な指導哲学のもと、全寮制の「三矢寮」で人間教育と自立心を育んだ。2003年と2004年にはクラブユース選手権を連覇し、2004年・2010年には高円宮杯全日本ユースを制覇。さらに高円宮杯プレミアリーグ創設初年度の2011年、そして退任年となった2012年にはチャンピオンシップ連覇を成し遂げ、黄金期を確立した。
その情熱的な指導からは、槙野智章、柏木陽介、森重真人、森脇良太をはじめ、Jリーグや日本代表の主軸として長年君臨するトッププレーヤーを数多く輩出。サンフレッチェ広島が掲げる「日本一の育成型クラブ」の礎を築き、のちに世代別日本代表監督としても世界大会で実績を残し続ける不世出の熱血名伯楽である。
2. 基本情報
- 氏名:森山 佳郎(もりやま よしろう)
- 生年月日:1967年(昭和42年)11月9日
- 出身地:熊本県熊本市東区
- 出身校:熊本県立第二高等学校 → 筑波大学
- 指導チーム:サンフレッチェ広島ユース、U-15/U-16/U-17日本代表、ベガルタ仙台
- 役職:元・サンフレッチェ広島ユース 監督、元・U-15/U-16/U-17日本代表 監督、ベガルタ仙台 監督、JFA公認S級コーチ
3. 指導歴
- 2000年 – 2002年8月:サンフレッチェ広島ユース コーチ
- 2002年8月 – 2012年12月:サンフレッチェ広島ユース 監督
- 2013年:サンフレッチェ広島 育成コーチ 兼 JFAナショナルトレセン中国地区担当コーチ
- 2014年:U-16日本代表 アシスタントコーチ
- 2015年 – 2023年:U-15 / U-16 / U-17日本代表 監督(2017・2019・2023 FIFA U-17ワールドカップ出場、AFC U17アジアカップ2023 優勝等)
- 2024年 – :ベガルタ仙台 監督
4. 大会の戦績
高円宮杯(全日本ユース・プレミアリーグ)
監督通算主な戦績(優勝4回、準優勝1回、3位1回)
| 年度 | チーム名 | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2002年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯第13回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(初出場) | グループリーグ敗退 | 8月にコーチから監督へ昇格。全国グループリーグ1勝2敗で敗退 |
| 2003年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯第14回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(2回目) | ベスト8 | 決勝トーナメント準々決勝進出 |
| 2004年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯第15回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(3回目) | 優勝 | 高円宮杯初制覇。決勝でジュビロ磐田ユースに1-0で勝利 |
| 2005年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯第16回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(4回目) | 出場 | 決勝トーナメント進出 |
| 2006年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯第17回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(5回目) | ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2007年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯第18回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(6回目) | 準優勝 | 決勝進出。決勝で流通経済大学付属柏高校に0-1で惜敗、全国準優勝 |
| 2008年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯第19回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(7回目) | 出場 | 決勝トーナメント進出 |
| 2009年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯第20回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(8回目) | 3位(ベスト4) | 準決勝で青森山田高校に1-2で惜敗 |
| 2010年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯第21回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(9回目) | 優勝 | 全日本ユース最終大会で6年ぶり2度目の全国制覇。決勝でFC東京U-18に2-1で勝利 |
| 2011年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯U-18サッカーリーグ2011 チャンピオンシップ(初出場) | 優勝 | 新設のプレミアリーグWEST初年度優勝。埼玉スタジアムでのチャンピオンシップでEAST覇者・コンサドーレ札幌U-18に3-1で勝利し初代王者に君臨 |
| 2012年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯U-18サッカーリーグ2012 チャンピオンシップ(2回目) | 優勝 | プレミアリーグWEST連覇。チャンピオンシップ決勝でEAST覇者・東京ヴェルディユースに4-1で快勝し連覇達成(森山監督退任の花道を飾る) |
日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会
監督通算主な戦績(優勝2回、3位1回)
| 年度 | チーム名 | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2003年 | サンフレッチェ広島ユース | 第27回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(初出場) | 優勝 | 全国初制覇。決勝で横浜F・マリノスユースに3-0で快勝 |
| 2004年 | サンフレッチェ広島ユース | 第28回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(2回目) | 優勝 | 大会連覇達成。決勝でジュビロ磐田ユースに1-0で勝利 |
| 2005年 | サンフレッチェ広島ユース | 第29回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(3回目) | 出場 | 全国大会出場 |
| 2006年 | サンフレッチェ広島ユース | 第30回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(4回目) | 出場 | 全国大会出場 |
| 2007年 | サンフレッチェ広島ユース | 第31回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(5回目) | 出場 | 全国大会出場 |
| 2008年 | サンフレッチェ広島ユース | 第32回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(6回目) | 出場 | 全国大会出場 |
| 2009年 | サンフレッチェ広島ユース | 第33回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(7回目) | 出場 | 全国大会出場 |
| 2010年 | サンフレッチェ広島ユース | 第34回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(8回目) | 出場 | 全国大会出場 |
| 2011年 | サンフレッチェ広島ユース | 第35回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(9回目) | ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2012年 | サンフレッチェ広島ユース | 第36回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会(10回目) | 3位(ベスト4) | 準決勝進出 |
Jユースカップ(Jリーグユース選手権大会)
監督通算主な戦績(優勝2回、準優勝2回)
| 年度 | チーム名 | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2002年 | サンフレッチェ広島ユース | 第10回Jリーグユース選手権大会(初出場) | 準優勝 | 監督就任直後に決勝進出。決勝でガンバ大阪ユースに2-4で敗退 |
| 2003年 | サンフレッチェ広島ユース | 第11回Jリーグユース選手権大会(2回目) | 優勝 | Jユース杯初制覇。クラブユース選手権と合わせ全国2冠達成 |
| 2004年 | サンフレッチェ広島ユース | 第12回Jリーグユース選手権大会(3回目) | 3位(ベスト4) | 準決勝進出 |
| 2005年 | サンフレッチェ広島ユース | 第13回Jリーグユース選手権大会(4回目) | 出場 | 決勝トーナメント進出 |
| 2006年 | サンフレッチェ広島ユース | 第14回Jユースサハラカップ(5回目) | 優勝 | 3年ぶり2回目のJユース杯制覇。決勝でFC東京U-18に2-0で勝利 |
| 2007年 | サンフレッチェ広島ユース | 第15回Jユースサハラカップ(6回目) | 出場 | 決勝トーナメント進出 |
| 2008年 | サンフレッチェ広島ユース | 第16回Jユースサハラカップ(7回目) | 出場 | 決勝トーナメント進出 |
| 2009年 | サンフレッチェ広島ユース | 第17回Jユースサンンスターカップ(8回目) | 準優勝 | 決勝進出。決勝でFC東京U-18に0-2で敗退 |
| 2010年 | サンフレッチェ広島ユース | 第18回Jユースカップ(9回目) | 出場 | 決勝トーナメント進出 |
| 2011年 | サンフレッチェ広島ユース | 第19回Jユースカップ(10回目) | 出場 | 決勝トーナメント進出 |
| 2012年 | サンフレッチェ広島ユース | 第20回Jユースカップ(11回目) | 出場 | 決勝トーナメント進出 |
プリンスリーグ中国(地域リーグ)
監督通算主な戦績(優勝8回)
| 年度 | チーム名 | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2003年 – 2010年 | サンフレッチェ広島ユース | 高円宮杯U-18サッカーリーグ プリンスリーグ中国 | 優勝(8年連続) | 創設された2003年から2010年まで8シーズン連続優勝。中国地方で圧倒的な強さを誇り高円宮杯全日本ユースへの出場権を独占(※2011年より全国通年リーグ「プレミアリーグWEST」へ移行) |
世代別日本代表(AFC U-16選手権・U17アジアカップ)
コーチ・監督通算主な戦績(優勝2回、3位1回、ベスト8 1回)
| 年度 | チーム名 | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2014年 | U-16日本代表(アシスタントコーチ) | AFC U-16選手権タイ2014 | ベスト8 | 吉武博文監督のもとアシスタントコーチとして帯同。グループステージを3連勝で突破するも準々決勝で韓国に0-2で敗退 |
| 2016年 | U-16日本代表(監督) | AFC U-16選手権インド2016 | 3位(ベスト4) | 久保建英、菅原由勢を擁して準決勝進出。2017 FIFA U-17ワールドカップ出場権を獲得 |
| 2018年 | U-16日本代表(監督) | AFC U-16選手権マレーシア2018 | 優勝 | 西川潤、中野伸哉、藤田譲瑠チマを擁して12年ぶり3度目のアジア制覇。決勝でタジキスタンに1-0で勝利し2019 FIFA U-17ワールドカップ出場権を獲得 |
| 2020年 | U-16日本代表(監督) | AFC U-16選手権バーレーン2020 | 大会中止 | 予選を突破し本選出場権を獲得していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により大会中止 |
| 2023年 | U-17日本代表(監督) | AFC U17アジアカップ2023(タイ) | 優勝 | 名和田我空、佐藤龍之介、道脇豊を擁して決勝で韓国に3-0で完勝。大会史上初となる連覇および単独最多4度目のアジア制覇を達成 |
世代別日本代表(FIFA U-17ワールドカップ)
監督通算主な戦績(ベスト16進出3回)
| 年度 | チーム名 | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2017年 | U-17日本代表(監督) | 2017 FIFA U-17ワールドカップ(インド) | ベスト16 | 久保建英、中村敬斗を擁しグループEを2位で突破。ラウンド16で同大会優勝のイングランドと0-0の死闘を演じPK戦(7-8)で惜敗 |
| 2019年 | U-17日本代表(監督) | 2019 FIFA U-17ワールドカップ(ブラジル) | ベスト16 | 西川潤、若月大和、鈴木彩艶を擁しグループDを首位突破(オランダに3-0勝利等)。ラウンド16でメキシコに0-2で敗退 |
| 2021年 | U-17日本代表(監督) | 2021 FIFA U-17ワールドカップ(ペルー) | 大会中止 | ※新型コロナウイルス感染拡大の影響によりFIFAが開催中止を決定 |
| 2023年 | U-17日本代表(監督) | 2023 FIFA U-17ワールドカップ(インドネシア) | ベスト16 | 名和田我空、道脇豊を擁しグループDを3位通過(ポーランド、セネガルに勝利)。ラウンド16でスペインに1-2で惜敗 |
5. 選手経歴・選手総評
選手総評
森山佳郎の選手キャリアは、無尽蔵のスタミナと気迫を前面に押し出す右サイドバックとしての熱い闘志に満ちていた。
熊本県立第二高校から筑波大学へと進学。大学卒業後は恩師・今西和男のスカウトを受けてマツダSC(のちのサンフレッチェ広島)へ入団した。Jリーグ開幕後の1994年には、右サイドバックの定位置を掴んでサンフレッチェ広島のサントリーシリーズ(1stステージ)初優勝に大きく貢献。その献身的なアップダウンとガッツ溢れるプレーが評価され、同年にファルカン監督率いる日本代表に初選出され、国際Aマッチ7試合に出場した。
その後は横浜フリューゲルス、ジュビロ磐田、ベルマーレ平塚と渡り歩き、平塚ではキャプテンとしてチームを牽引。膝の負傷により1999年に現役引退を余儀なくされたが、ピッチ上で体現した「泥臭く走り勝つ」「チームのために戦う」というプロフェッショナリズムは、指導者としての揺るぎないアイデンティティとなった。自身が選手として掴み取った日本代表の経験とJリーグでの激闘の記憶こそが、のちに広島ユースで多くの日本代表選手を育て上げる熱血指導の源流であった。
選手経歴
- 高校時代:熊本県立第二高等学校 サッカー部
- 大学時代:筑波大学 蹴球部
- プロ・社会人時代:
- 1991年 – 1992年:マツダSC
- 1992年 – 1995年:サンフレッチェ広島(1994年 Jリーグ1stステージ優勝)
- 1996年 – 1997年:横浜フリューゲルス
- 1998年:ジュビロ磐田
- 1999年:ベルマーレ平塚
- 日本代表歴:
- 1994年 日本代表(国際Aマッチ7試合出場0得点)
























