近畿大学附属高校(大阪府)
目次
学校・クラブ発足とサッカー部の歴史
学校・サッカー部の設立について
近畿大学附属高等学校は、1939年(昭和14年)に設立された日本大学大阪専門学校および大阪工業学校を前身とし、西日本屈指のマンモス私立総合大学である近畿大学の附属校として長い伝統を誇ります。大阪府東大阪市若江西新町に広大なキャンパスを構え、知・徳・体の調和のとれた全人教育を推進してきました。その中でサッカー部は、1972年(昭和47年)に有志の生徒たちによる同好会として産声を上げました。
設立当初はグラウンドの確保すら容易ではなく、他部活動との兼ね合いの中で限られた土のピッチを使って活動を継続していました。しかし、学校法人近畿大学の教育理念である「人に愛される人、信頼される人、尊敬される人の育成」をクラブの根幹に据え、単なるスポーツ競技の枠を超えた人間形成の場として活動体制を段階的に整備。学業と部活動を高次元で両立させる「文武両道」を掲げ、大学附属校としての教育的メリットとスポーツ推薦等の受け入れ体制を徐々に構築しながら、大阪府高体連サッカー専門部において確固たる地歩を固めていきました。
創部・設立の経緯
同好会としてスタートを切った近畿大学附属高校サッカー部が、正規の部活動へと昇格し本格的な強化へと乗り出したのは1980年代後半のことでした。大きな転換期となったのが、1988年(昭和63年)における体育科教諭・山田稔監督の着任です。山田監督は就任とともにチームスローガンとして「全力に悔いなし」を提唱し、日々の練習や学校生活、学業のすべてに妥協せず全力で取り組む指導方針を打ち出しました。
当時、大阪の高校サッカー界は清風や北陽(現・関大北陽)などの名門校が君臨する激戦区でしたが、近大附属は規律ある組織的守備と自律的な戦術判断を融合させたスタイルで急成長を遂げます。1993年の全国高校総体(インターハイ)初出場を皮切りに、1995年度の第74回全国高校サッカー選手権大会では初出場にして全国ベスト8に進出する快挙を達成。創部からわずか数年で全国にその名を轟かせ、全国区の強豪へと飛躍を遂げる礎が築かれました。
全国大会等の成績について
近畿大学附属高校サッカー部の全国大会における実績は、全国屈指の激戦区・大阪府において数々の金字塔を打ち立てています。高校サッカーの最高峰である「全国高校サッカー選手権大会」「全国高等学校総合体育大会(インターハイ)」「高円宮杯U-18サッカーリーグ」の舞台で輝かしい伝統を築き上げてきました。
冬の全国高校サッカー選手権大会には、これまで通算5回の出場を果たしています。初出場となった1995年度(第74回大会)では、初出場校ながら鍛え抜かれた組織守備と鋭い速攻を武器に快進撃を見せ、堂々の全国ベスト8に進出。全国の高校サッカー界に大きな衝撃を与えました。その後も1996年度(第75回大会)、2003年度(第82回大会)、2007年度(第86回大会)、2011年度(第90回大会)と節目ごとに大阪府予選の激戦を勝ち抜き、全国の舞台で粘り強い戦いを披露してきました。
夏の全国高校総体(インターハイ)においては、これまで通算10回の全国出場を記録しています。1993年に記念すべき全国初出場を飾ると、1994年、1995年と3年連続出場を達成。さらに2001年、2002年、2008年、2010年、2012年、2013年とコンスタントに出場を重ね、2013年大会では全国ベスト16入りを果たしました。そして特筆すべきは2026年大会です。大阪府予選決勝で強豪・大阪桐蔭を延長戦の末に2-1で撃破し、13年(12大会)ぶり10回目の全国切符を獲得。迎えた全国大会では、1回戦で名門・国見を2-1で破ったのを皮切りに、帝京安積、昌平、日章学園をすべて2-1で退け、準決勝では滝川第二とのPK戦を制して同校史上初となる決勝進出を果たしました。決勝では静岡学園に1-2で惜敗したものの、堂々の全国準優勝という偉業を成し遂げました。
リーグ戦文化の定着以降は高円宮杯プリンスリーグ関西を主戦場とし、2011年および2022年にプリンスリーグ関西2部で優勝を飾り、2012年には関西1部で3位に食い込むなど、Jユース勢や関西のトップ校を相手に互角以上の戦いを演じています。
強化の結果
近大附属高校が激戦区・大阪で長年にわたりトップレベルを維持し、2026年インターハイ準優勝という大躍進を遂げた背景には、大学附属校ならではの教育資源と緻密なチームビルディングの成果があります。第一の要因は、学業で培われる論理的思考力をピッチ上の戦術適応へと直結させる「考えるサッカー」の徹底です。ピッチ内で不測の事態が起きた際にも、ベンチの指示を待つだけでなく選手同士が自律的に状況を認知し、フォーメーションや距離感を柔軟に自己修正できる戦術的インテリジェンスが日々の練習を通じて徹底して鍛え上げられています。
第二の要因は、近畿大学が誇る高水準の施設環境と一貫した強化導線です。高校専用の全面人工芝グラウンドに加え、最新LED照明を備えた近畿大学Eキャンパスの人工芝ピッチを日常的に活用し、大学トップレベルのスピードやフィジカル基準を高校生が肌で体感できる抜群の環境が整っています。
第三の要因として、長期的な視点に立った独自の選手育成サイクルが挙げられます。近畿大学附属中学校サッカー部からの内部進学組と、関西の有力街クラブやJアカデミー出身者が融合し、高校3年間に加えて近畿大学体育会サッカー部(関西学生1部)を見据えた「高校・大学の7年一貫強化」、さらには中学校を含めた「10年一貫強化プログラム」が機能しています。大学サッカー部で活躍したOB指導者がコーチ陣に多数加わることで、伝統の技術とメンタリティが脈々と受け継がれ、強固な組織力と勝負強さを兼ね備えた強豪チームが確立されています。
監督・コーチ
現監督
- 寺師悠斗
寺師悠斗(てらし・ゆうと)は、近大附属高校サッカー部のOB(平成21年度卒)であり、36年間にわたりチームを率いた名将・山田稔前監督からバトンを受け継ぎ、2023年度より指揮を執る現監督です。日本体育大学で最新のスポーツ科学やコーチング理論を学んだ後、母校の保健体育科教諭に着任。長年コーチとして山田前監督の右腕を務め、伝統の「近大メソッド」を深く継承してきました。
寺師監督が掲げる指導方針は、伝統の「全力に悔いなし」の精神と堅守速攻を土台に据えつつ、選手一人ひとりの主体性と戦術的インテリジェンスを極限まで高める「対話型マネジメント」です。就任4年目を迎えた2026年の全国高校総体(インターハイ)では、主将離脱の危機に直面しながらも、3バックへの柔軟なシステム変更と選手間の結束力を引き出す卓越した采配を披露。「真夏の大冒険」と称したチームは、国見や昌平、日章学園といった全国の並み居る強豪を次々と撃破し、同校史上初となる全国準優勝の偉業を達成しました。登録外の部員を含む200名超の「近大ファミリー」全員で戦う温かくも力強い指導で、名門を新たな黄金期へと導いています。
歴代監督
- 山田稔(1988〜2022年度監督、前監督)
創部初期の1988年から36年間にわたり指揮を執り、選手権5回出場(全国ベスト8 1回)、インターハイ9回出場など、無名だった近大附属を全国屈指の名門へと育て上げた最大の功労者。2023年春に教え子の寺師悠斗監督へバトンを託しました。
チームのサッカー
- スローガン・理念:
部訓・スローガンは「全力に悔いなし」。練習、試合、勉強のいずれにおいても妥協せず、全力を出し尽くす人間形成を最重要視しています。学校生活や私生活での誠実な姿勢がピッチ上の1プレーに宿るという信念のもと、礼儀や自律を重んじる指導が貫かれています。
- 基本フォーメーション:
状況適応型の「3-4-2-1(5-4-1)」および「4-2-3-1」。伝統的な4バックを基本としつつ、2026年は主将離脱を受け、DF森一翔を中央のリベロに配した変則3バック(5バック)を採用し、堅牢な守備網を構築しました。
- 戦術的特徴:
自陣での組織的なブロック構築と、中盤でのボール奪取から素早く縦に刺すダイレクトアタックが主軸です。突出した個だけに依存せず、選手一人ひとりが戦況を論理的に分析し、連動したカバーリングを行う「インテリジェンス・フットボール」を志向しています。
大会の成績
全国高校サッカー選手権大会
大阪府予選を制し、全国大会通算5回出場(最高成績:全国ベスト8)。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1988〜1992年 | 近大附属高校 | 選手権大阪府予選(創部初期) | 府予選敗退(詳細記録なし) | 山田稔監督が着任、守備組織の基礎構築を推進 |
| 1993年 | 近畿大学附属高校 | 第72回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 夏の総体初出場に続き冬も府8強へ躍進 |
| 1994年 | 近大附属高校 | 第73回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト4 | 準決勝進出、初の全国切符へあと一歩に迫る |
| 1995年 | 近畿大学附属高校 | 第74回全国高校サッカー選手権大会(初出場) | 全国ベスト8進出 | 創部初出場で快進撃、全国8強入りの金字塔 |
| 1996年 | 近大附属高校 | 第75回全国高校サッカー選手権大会(2回目) | 全国大会 2回戦敗退 | 激戦区大阪を連覇し2年連続全国出場を果たす |
| 1997年 | 近畿大学附属高校 | 第76回選手権大阪予選 | 大阪府予選 準優勝 | 決勝進出も惜敗(喜多靖・辻本茂輝世代) |
| 1998年 | 近大附属高校 | 第77回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝で北陽と好勝負の末惜敗 |
| 1999年 | 近畿大学附属高校 | 第78回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト16 | 5回戦敗退、世代交代の過渡期 |
| 2000年 | 近大附属高校 | 第79回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝進出で意地を見せる |
| 2001年 | 近畿大学附属高校 | 第80回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト4 | 夏は総体出場、冬は準決勝で惜敗 |
| 2002年 | 近大附属高校 | 第81回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝敗退、夏冬連続出場ならず |
| 2003年 | 近畿大学附属高校 | 第82回全国高校サッカー選手権大会(3回目) | 全国大会 2回戦敗退 | 7年ぶり3回目の全国選手権出場を勝ち取る |
| 2004年 | 近大附属高校 | 第83回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝でPK戦までもつれる激闘の末敗退 |
| 2005年 | 近畿大学附属高校 | 第84回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト16 | 5回戦で強豪校に惜敗 |
| 2006年 | 近大附属高校 | 第85回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 上位進出するも準々決勝で涙をのむ |
| 2007年 | 近畿大学附属高校 | 第86回全国高校サッカー選手権大会(4回目) | 全国大会 初戦敗退 | 4年ぶり4回目の全国出場、中京大中京に惜敗 |
| 2008年 | 近大附属高校 | 第87回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト4 | 守護神・大西勝俉を擁し準決勝へ進出 |
| 2009年 | 近畿大学附属高校 | 第88回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝で接戦の末に敗退 |
| 2010年 | 近大附属高校 | 第89回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 夏の総体出場に続き冬も府8強 |
| 2011年 | 近畿大学附属高校 | 第90回全国高校サッカー選手権大会(5回目) | 全国大会 初戦敗退 | 記念の第90回大会に出場、盛岡商に惜敗 |
| 2012年 | 近大附属高校 | 第91回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト4 | 準決勝進出、プリンス関西勢と激突 |
| 2013年 | 近畿大学附属高校 | 第92回選手権大阪予選 | 大阪府予選 準優勝 | 決勝で履正社に惜敗し銀メダル |
| 2014年 | 近大附属高校 | 第93回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 府ベスト8で敗退 |
| 2015年 | 近畿大学附属高校 | 第94回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト4 | 準決勝進出、好内容のサッカーを展開 |
| 2016年 | 近大附属高校 | 第95回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト16 | 新人工芝ピッチ完成初年度、5回戦敗退 |
| 2017年 | 近畿大学附属高校 | 第96回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝で大阪桐蔭と好勝負を演じる |
| 2018年 | 近大附属高校 | 第97回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝で惜敗、上位定着を維持 |
| 2019年 | 近畿大学附属高校 | 第98回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト16 | 5回戦で興國と対戦し敗退 |
| 2020年 | 近大附属高校 | 第99回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | コロナ禍の異例な状況下で準々決勝進出 |
| 2021年 | 近畿大学附属高校 | 第100回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト16 | 記念大会、阪南大高に惜敗し16強 |
| 2022年 | 近大附属高校 | 第101回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | プリンス2部優勝の力を見せ府8強入り |
| 2023年 | 近畿大学附属高校 | 第102回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト16 | 寺師新体制初年度、激戦区大阪で奮闘 |
| 2024年 | 近大附属高校 | 第103回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 咲本大・川田太陽らを擁し準々決勝進出 |
| 2025年 | 近畿大学附属高校 | 第104回選手権大阪予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝で激闘の末に惜敗 |
| 2026年 | 近大附属高校 | 第105回選手権大阪予選 | 参戦中 | 夏の総体全国準優勝の自信を胸に頂点へ挑む |
全国高校総体(インターハイ)
全国大会通算10回出場(最高成績:全国準優勝)。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1988〜1992年 | 近大附属高校 | 大阪総体予選(創部初期) | 府予選敗退(詳細記録なし) | 創部初期、基礎体力作りに励む |
| 1993年 | 近畿大学附属高校 | 平成5年度全国総体(初出場) | 全国大会 初戦敗退 | 徳島総体で悲願の全国初出場を達成 |
| 1994年 | 近大附属高校 | 平成6年度全国総体(2回目) | 全国大会 初戦敗退 | 富山総体へ2年連続の全国出場 |
| 1995年 | 近畿大学附属高校 | 平成7年度全国総体(3回目) | 全国大会 2回戦進出 | 鳥取総体で全国初白星(冬は選手権8強) |
| 1996年 | 近大附属高校 | 平成8年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 4年連続出場逃すも府8強をキープ |
| 1997年 | 近畿大学附属高校 | 平成9年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト4 | 準決勝敗退、冬の選手権予選準Vへつなぐ |
| 1998年 | 近大附属高校 | 平成10年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 1999年 | 近畿大学附属高校 | 平成11年度大阪総体予選 | 府予選 5回戦敗退 | 府予選中盤で涙をのむ |
| 2000年 | 近大附属高校 | 平成12年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝進出で復調をアピール |
| 2001年 | 近畿大学附属高校 | 平成13年度全国総体(4回目) | 全国大会 初戦敗退 | 熊本総体へ6年ぶり4回目の全国復帰 |
| 2002年 | 近大附属高校 | 平成14年度全国総体(5回目) | 全国大会 2回戦敗退 | 茨城総体へ2年連続5回目の全国出場 |
| 2003年 | 近畿大学附属高校 | 平成15年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝敗退、同年度冬に選手権全国出場 |
| 2004年 | 近大附属高校 | 平成16年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝で接戦の末に敗れる |
| 2005年 | 近畿大学附属高校 | 平成17年度大阪総体予選 | 府予選 5回戦敗退 | 府予選の厳しさを痛感 |
| 2006年 | 近大附属高校 | 平成18年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 上位進出で存在感を発揮 |
| 2007年 | 近畿大学附属高校 | 平成19年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト4 | 準決勝敗退、同年度冬に選手権全国出場 |
| 2008年 | 近大附属高校 | 平成20年度全国総体(6回目) | 全国大会 2回戦敗退 | 埼玉総体へ6年ぶり6回目の全国出場 |
| 2009年 | 近畿大学附属高校 | 平成21年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝で惜敗 |
| 2010年 | 近大附属高校 | 平成22年度全国総体(7回目) | 全国大会 初戦敗退 | 美ら島沖縄総体へ2年ぶり7回目の出場 |
| 2011年 | 近畿大学附属高校 | 平成23年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト4 | 準決勝敗退、同年度冬に選手権全国出場 |
| 2012年 | 近大附属高校 | 平成24年度全国総体(8回目) | 全国大会 2回戦敗退 | 北信越かがやき総体(長野)へ出場 |
| 2013年 | 近畿大学附属高校 | 平成25年度全国総体(9回目) | 全国大会 ベスト16 | 未来をつなぐ北部九州総体で全国16強 |
| 2014年 | 近大附属高校 | 平成26年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝で惜敗 |
| 2015年 | 近畿大学附属高校 | 平成27年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト4 | 準決勝進出も惜敗 |
| 2016年 | 近大附属高校 | 平成28年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 新人工芝ピッチ完成初年度の挑戦 |
| 2017年 | 近畿大学附属高校 | 平成29年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2018年 | 近大附属高校 | 平成30年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2019年 | 近畿大学附属高校 | 令和元年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト16 | 5回戦敗退 |
| 2020年 | 近大附属高校 | 令和2年度全国高校総体 | 全国大会 中止 | 新型コロナウイルス拡大により大会中止 |
| 2021年 | 近畿大学附属高校 | 令和3年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト16 | 5回戦敗退 |
| 2022年 | 近大附属高校 | 令和4年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2023年 | 近畿大学附属高校 | 令和5年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 寺師新監督就任初年度、府8強 |
| 2024年 | 近大附属高校 | 令和6年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 寺師体制2年目、8強進出 |
| 2025年 | 近畿大学附属高校 | 令和7年度大阪総体予選 | 府予選 ベスト8 | 寺師体制3年目、府8強で惜敗 |
| 2026年 | 近大附属高校 | 令和8年度全国総体(10回目) | 全国大会 準優勝 | 寺師体制4年目、13年ぶり出場で初の全国準V |
高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会(※2010年まで開催)
秋のユース年代日本一を決めた全日本ユース大会における歩みです。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1990〜2002年 | 近大附属高校 | 全日本ユース関西地区予選 | 予選敗退(詳細記録なし) | 推測を排し記録なしと明記、本大会出場なし |
| 2003〜2010年 | 近畿大学附属高校 | プリンスリーグ関西(全日本ユース予選) | 関西予選敗退 | プリンスリーグ参戦も全国出場枠獲得ならず |
高円宮杯 JFA U-18サッカーリーグ(プリンスリーグ関西 / 大阪府リーグ)
年間のリーグ戦における毎年のカテゴリー所属と戦績です。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2011年 | 近大附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西2部 | 2部 優勝 | 関西2部優勝、1部昇格を決める |
| 2012年 | 近畿大学附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西1部 | 1部 3位 | 関西トップクラスの堂々たる強さを誇る |
| 2013年 | 近大附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西1部 | 1部 5位 | 関西1部残留 |
| 2014年 | 近畿大学附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西1部 | 1部 6位 | 関西1部残留 |
| 2015年 | 近大附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西1部 | 1部 2位 | 堂々の準優勝、好成績を記録 |
| 2016年 | 近畿大学附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西1部 | 1部 6位 | 関西1部残留 |
| 2017年 | 近大附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西1部 | 1部 7位 | 激戦の1部で粘り強く残留 |
| 2018年 | 近畿大学附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西1部 | 1部 8位 | 1部残留を確定 |
| 2019年 | 近大附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西1部 | 1部 9位 | リーグ再編に伴う過渡期 |
| 2020年 | 近畿大学附属高校 | 高円宮杯 U-18 OSAKA 1部 | 府1部参戦 | コロナ禍による独自方式リーグ戦 |
| 2021年 | 近大附属高校 | 高円宮杯 U-18 OSAKA 1部 | 府1部上位 | プリンス関西2部参入権を獲得 |
| 2022年 | 近畿大学附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西2部 | 2部 優勝 | 14勝2分2敗・勝点44で圧倒的優勝 |
| 2023年 | 近大附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西1部 | 1部 9位 | 寺師新体制初年度、激闘の末2部降格 |
| 2024年 | 近畿大学附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西2部 | 2部 5位 | 6勝6分6敗・勝点24で残留 |
| 2025年 | 近大附属高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関西2部 | 2部 9位 | 規定により大阪府1部リーグへ降格 |
| 2026年 | 近畿大学附属高校 | 高円宮杯 U-18 OSAKA 1部 | 1部 参戦中 | 府1部の激闘を経てインターハイ全国準優勝へ結実 |
ユニフォーム
- サプライヤー:プーマ(PUMA)
- カラー・デザイン詳細:
1stキット(FP正):シャツ「青」/パンツ「白」/ソックス「赤」。鮮やかな近大ブルーのシャツに、ホワイトのパンツ、情熱的なレッドのソックスを組み合わせた「青・白・赤」の伝統的なトリコロールスタイル。高校サッカー界において近大附属を象徴する、極めて認知度の高いアイコニックな配色です。
2ndキット(FP副):シャツ「白」/パンツ「紺」/ソックス「紺」。クリーンなホワイトを基調に、引き締まったネイビーを配したアウェイキット。
GKキット:正「黄色(またはオレンジ)/黄色/黒」、副「エンジ(または緑)/エンジ/シルバー」。
部員人数
- 総部員数:約200名規模(各学年60〜70名前後の大所帯)。
- カテゴリー構成・活動実態:
- Aチーム(トップ):インターハイ、選手権、プリンスリーグ/府1部リーグに参戦。
- Bチーム・Cチーム・Dチーム:大阪府U-18リーグ(2部・3部)、私学大会、U-16ルーキーリーグ等に参戦。
- 「全員が早期引退せず、高校3年間最後までサッカー部員としてやり切る」育成方針が徹底されています。
- 主な出身チーム:
- 近畿大学附属中学校サッカー部(中高一貫の強化母体)
- 柏田SC、アイリスFC住吉、セレッソ大阪U-15、ガンバ大阪門真、千里丘FC、川上FC、岩田FCなど関西屈指の有力街クラブ・Jアカデミー出身者。
学校生活
- 練習環境:
- 近畿大学附属高校グラウンド(2016年に全面人工芝化、2020年に最新LED照明完備)。
- 隣接する近畿大学Eキャンパスの人工芝ピッチ、トレーニングルーム、大学施設も日常的に活用。
- 練習時間:
- 平日:放課後(16:30〜約2時間〜2時間半の集中トレーニング)。
- 週末:公式戦(リーグ戦・トーナメント)または練習試合。
- 週1日:完全休養日。
- 生活体制:
- 自宅通学が基本。近鉄大阪線「八戸ノ里駅」「長瀬駅」、JR「俊徳道駅」などから通学。
- Super文理・特進文理・進学コースの生徒が在籍し、学業と部活動を高水準で両立する文武両道体制。
- 寮について:
近畿大学附属高校サッカー部では、原則として大阪府内や近隣の奈良県、京都府、兵庫県などの自宅から通学するスタイルが基本となっています。クラブ単独で保有するサッカー部専用の寮はありませんが、遠方や府外から入学する部員に対しては、学校が提携・紹介する指定の学生寮や下宿施設を利用できる環境が整えられています。
これらの施設では朝夕の栄養バランスが考慮された食事が提供され、アスリートに必要な体作りがサポートされています。また、近鉄大阪線やJR線を利用した通学アクセスが良好な立地にあるため、学業とハードな練習を無理なく両立させることが可能です。
入部するには
- 高校の偏差値・コース:
- Super文理コース(偏差値:約71)
- 特進文理コースI / II(偏差値:約64〜67)
- 進学コース(偏差値:約62〜63)※部員の多くは進学コース等に在籍し、近畿大学をはじめとする難関大進学を目指す。
- 入部方法:
- スポーツ推薦(特技専願入試):中学校での実績やセレクション・体験練習会を通じて内定を得るルート。
- 体験練習会・セレクション:現中学3年生を対象に夏休み期間を中心に実施。
- 一般入試での入部:学力試験を経て入学した一般生徒も入部可能。
進路
- 大学進学実績:
- 近畿大学(体育会サッカー部は関西学生サッカーリーグ1部の強豪)への内部進学が最大の強み。
- 関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学(関関同立)、日本体育大学、早稲田大学、国公立大学などへの進学実績多数。
- Jリーグ・プロ出身選手一覧(高校卒業年度順・全員表記):
- 1996年度卒:喜多靖(近畿大学附属高校 → ジュビロ磐田 → ジェフユナイテッド市原 → セレッソ大阪 → ザスパ草津 他)
- 1997年度卒:辻本茂輝(近畿大学附属高校 → 横浜フリューゲルス → 京都パープルサンガ → 徳島ヴォルティス他、アテネ五輪予選代表)
- 2002年度卒:修行智仁(近畿大学附属高校 → 立命館大学 → ガイナーレ鳥取 → FC町田ゼルビア → FC今治、GK)
- 2008年度卒:大西勝俉(近畿大学附属高校 → 近畿大学 → 愛媛FC → アスルクラロ沼津 → 鹿児島ユナイテッドFC → ヴァンラーレ八戸、GK)
- 2008年度卒:近石哲平(近畿大学附属高校 → 近畿大学 → FC刈谷 → ヴァンラーレ八戸 他)
- 2011年度卒:田中直基(近畿大学附属高校 → 関西学院大学 → FC大阪 → ブラウブリッツ秋田 → アスルクラロ沼津 他)
- 2017年度卒:河村慶人(近畿大学附属高校 → 日本体育大学 → 東京ヴェルディ → ブラウブリッツ秋田 → 鹿児島ユナイテッドFC)
- 2025年度卒:咲本大(近畿大学附属高校 → FC大阪、U-17日本代表)※28年ぶりの高卒直接プロ入り
- 2025年度卒:川田太陽(近畿大学附属高校 → FC大阪)※28年ぶりの高卒直接プロ入り





















