帝京高校(東京都)
目次
学校・クラブ発足とサッカー部の歴史
学校・サッカー部の設立について
帝京高等学校は、1931年(昭和6年)に冲永荘兵衛によって創立された財団法人帝京商業学校を起源とし、東京都板橋区加賀にキャンパスを構える私立高等学校です。建学の精神に「努力をすべての基とせよ」を掲げ、礼儀正しさと自主自立の精神を備えた有為な人材の育成に努めてきました。現在は普通科に進学選抜コース、インターナショナルコース、文理コース、アスリートコースなど多彩な教育課程を設置し、大学進学からトップアスリートの育成まで文武両道の教育を展開しています。
サッカー部は1954年(昭和29年)に創部されました。都心の充実した学園環境に位置しながら、帝京大学グループのスケールメリットを最大限に活かし、足立区千住の帝京大学千住キャンパス人工芝グラウンドをはじめとする充実した専用施設で日々質の高いトレーニングを重ねています。校内にも最新鋭のトレーニングルームやメディカルサポート体制が整備されており、半世紀以上にわたって高校サッカー界を牽引し続ける伝統校の確固たる基盤となっています。
創部・設立の経緯
帝京高校サッカー部が全国的な強豪へと飛躍する決定的な礎を築いたのは、1965年に監督へ就任した名将・古沼貞雄氏でした。当時のサッカー部は土の狭いグラウンドで活動する無名の存在でしたが、古沼監督は徹底した走り込みと基礎技術の反復、そして厳格な規律を導入。「カナリア軍団」と呼ばれるブラジル代表を模した黄色と青のユニフォームを採用し、スピードとテクニック、勝負強さを兼ね備えた独自のサッカースタイルを確立しました。
就任から約10年後の1974年度(第53回大会)に全国高校サッカー選手権大会で悲願の初優勝を果たすと、1970年代から1990年代にかけて高校サッカー界に一時代を築き上げました。高校選手権優勝6回、高校総体優勝3回の計9回に及ぶ全国制覇を成し遂げ、数多くの日本代表やJリーガーを輩出。徹底した人間教育と勝利への執念が生み出した「帝京魂」の精神は、全国のサッカー少年の憧れとなり、日本サッカーの発展に多大なる影響を与え続ける名門の歴史を切り拓きました。
全国大会等の成績について
帝京高校サッカー部は、冬の全国高校サッカー選手権大会において戦後最多タイとなる通算6度の全国制覇を誇る、日本高校サッカー史を象徴する伝説的な名門です。
選手権の歴史において、1974年度(第53回)に念願の全国初優勝を飾ると、1977年度(第56回)、1979年度(第58回)と栄冠を重ね、1983年度(第62回)と1984年度(第63回)には大会連覇を達成。さらに1991年度(第70回)には四日市中央工業高校との両校優勝を果たし、計6度の頂点に立ちました。さらに1994年度(第73回)、1997年度(第76回)、1998年度(第77回)にも準優勝を記録し、超満員の国立競技場を黄色と青のカナリアカラーに染め上げる一大ブームを巻き起こしました。2010年代以降は激戦区・東京予選の厚い壁に阻まれる苦難の時期を経験しましたが、2024年度(第103回大会)の東京都予選を劇的に制し、15年ぶり通算35回目となる全国選手権出場を果たして名門復活を強く印象づけました。
夏の全国高校総体(インターハイ)においても輝かしい実績を誇ります。1976年(第11回)、1982年(第17回)、2002年(第37回)に通算3度の全国優勝を達成。さらに2022年の徳島インターハイでは、OBの日比威監督のもとで洗練されたパスサッカーと個の打開力を武器に快進撃を見せ、前橋育英高校との決勝で死闘を演じて20年ぶりとなる全国準優勝を果たしました。通算出場回数は33回を超え、夏の舞台でも常に全国の主役であり続けています。
通年制の高円宮杯 JFA U-18サッカーリーグにおいても、強豪Jクラブユースがひしめく最高峰のプリンスリーグ関東1部に所属。2022年度および2025年度にはプリンスリーグ関東1部で上位に進出し、高校年代最高峰であるプレミアリーグ参入プレーオフに進出するなど、年間を通じて全国トップレベルの強度で研鑽を積み、伝統の勝負強さと現代的な戦術を高次元で両立させています。
強化の結果
帝京高校が半世紀以上にわたり日本サッカー界へ数多のトップタレントを送り出し続ける背景には、伝統の「帝京魂」に現代のスポーツ科学と戦術理論を融合させた革新的な育成システムがあります。かつて培われた厳しい規律や徹底した基礎練習、球際のインテンシティという伝統的な強みをしっかりと継承しつつ、近年は短時間で極めて高い質を追求する現代的なトレーニングメソッドへと大きく舵を切りました。
第一の柱は、帝京大学グループの強固な教育・研究資源をフル活用した恵まれた練習環境です。帝京大学千住人工芝グラウンドをはじめとするフルピッチの練習拠点を確保し、校内には最新鋭の機器を備えた充実のウエイトトレーニングルームを完備。さらに帝京大学スポーツ医科学センターと緊密に連携し、最先端の動作解析や専門スタッフによる綿密な栄養指導、ケガ予防コンディショニングプログラムを日常的に導入しています。
第二の柱は、Jユースや世界の現代サッカーのトレンドに即したボールポゼッションと状況判断力の徹底強化です。歴代OB指導者が情熱を注ぎ、個々のストロングポイントを最大限に引き出す論理的指導を実践。名門の重圧を成長のエネルギーへと変える不屈のメンタリティを育み、中田浩二や田中達也ら日本代表のレジェンドから、現代の日本代表・三浦颯太や若手Jリーガーに至るまで、トッププロの世界で長く輝き続ける一流のフットボーラーを絶え間なく育成し続けています。
監督・コーチ
現監督
藤倉寛
藤倉寛(ふじくら・ひろし)は、帝京高校サッカー部出身の指導者です。高校時代は名将・古沼貞雄監督の指導を受け、3年時の1998年度(第77回全国高校サッカー選手権大会)にはキャプテンとして名門を牽引。東福岡高校との歴史的な決勝戦の舞台である国立競技場に立つなど、名門の重責を背負い抜いた経験を持ちます。
指導者としては、母校のコーチとしてチーム強化に尽力したのち、日比威前監督の順天堂大学監督就任に伴い、2024年より帝京高校サッカー部監督に就任しました。四半世紀前に選手として名門の黄金期を支えた経験と、現代サッカーに必要な戦術眼を併せ持つ熱血漢です。
藤倉監督は、帝京伝統の球際の闘争心や勝負強さといった泥臭いハードワークを重んじつつ、選手一人ひとりの個性を活かした攻撃的なスタイルを標榜。就任初年度の2024年に、激戦区・東京都予選を制して同校にとって15年ぶりとなる全国高校サッカー選手権大会出場を達成。名門復活を現実のものとし、古豪から新たな常勝軍団への進化を推進しています。
歴代監督・名将
- 古沼貞雄(元監督)
1965年から2003年まで約38年間にわたり帝京高校を指揮。全国高校サッカー選手権優勝6回、インターハイ優勝3回の計9回に及ぶ全国制覇を成し遂げた日本高校サッカー界の巨頭。「カナリア軍団」「帝京魂」の礎を築き、数多の日本代表選手を育成した。 - 廣瀬龍(元監督)
帝京高校OB。現役引退後は帝京第三高校や帝京大学を経て、2004年から2012年まで約9年間にわたり帝京高校サッカー部監督を務めた。2005年選手権、2007年総体8強・選手権16強、2009年選手権出場などに導く。退任後はカンボジア代表監督やAC長野パルセイロ・レディース監督、鹿島学園総監督などを歴任。 - 荒谷守(元監督/元アドバイザー)
古沼体制時代の名参謀であり、第73回選手権(1994年度)で監督として全国準優勝に導いた実績を持つ。2013年に現場へ復帰後、2014年に日比威氏を外部コーチとして招き、二人三脚の「ダブル指導体制」を確立。古豪の意識改革と復活のレールを敷いた。 - 日比威(前監督/現・アドバイザー、現・順天堂大学監督)
1991年度の選手権優勝キャプテン。元Jリーガー(アビスパ福岡等)。荒谷氏とのダブル体制から監督に就任し、根性論からの脱却と短時間集中メソッドを確立。2021年に11年ぶりの全国総体出場、2022年にインターハイ全国準優勝を成し遂げた。
チームのサッカー
- スローガン・理念:伝統の精神的支柱である「帝京魂」。最後まで諦めない不屈の闘志と泥臭い球際のハードワークを根底に持ちながら、ピッチ上では「美しく、かつ力強いサッカー」を展開します。
- 基本フォーメーション:伝統的な「4-4-2」から、現代的な「4-2-3-1」および「4-3-3」。相手の守備ブロックや戦況に応じて自在に立ち位置を変化させます。
- 戦術的特徴:代名詞であるカナリアイエローのユニフォームに象徴される、高度なボールテクニックと強靭なフィジカルの融合が特徴です。守備陣がタイトなプレスと激しい球際でボールを奪い、素早く中盤を経由してサイドのスペースを突破。近年は日比前監督および藤倉現監督のもと、ボールポゼッションの精度とショートカウンターの鋭さに磨きがかかり、局面を打開する個のアイデアと組織的なハードワークが高度に融合しています。
大会の成績
全国高校サッカー選手権大会
通算35回出場、全国優勝6回(1974, 1977, 1979, 1983, 1984, 1991)、準優勝3回(1994, 1997, 1998)。初出場の1961年(第40回大会)でいきなりベスト8へ進出し、古沼監督就任を経て1974年に全国初制覇を達成。戦後最多タイとなる6度の全国制覇を成し遂げました。2024年度には15年ぶりとなる全国復帰を果たしています。
1960年代〜1990年代(草創期から黄金期)
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1961年度 | 帝京高校 | 第40回全国高校サッカー選手権大会(初出場) | 全国大会 ベスト8 | 創部8年目で全国初出場、準々決勝で遠野に惜敗 |
| 1962年度 | 帝京高校 | 第41回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 全国連続出場を目指すも都予選で敗退 |
| 1963年度 | 帝京高校 | 第42回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 基礎体力の強化に着手 |
| 1964年度 | 帝京高校 | 第43回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | チーム再建に向けた準備期 |
| 1965年度 | 帝京高校 | 第44回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 古沼貞雄監督が就任、徹底した走力強化を開始 |
| 1966年度 | 帝京高校 | 第45回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | カナリアイエローのユニフォームを導入 |
| 1967年度 | 帝京高校 | 第46回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 規律あるチーム作りが浸透し始める |
| 1968年度 | 帝京高校 | 第47回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 都内の強豪校と互角の戦いを展開 |
| 1969年度 | 帝京高校 | 第48回全国高校サッカー選手権大会(2回目) | 全国大会 ベスト4 | 古沼体制で初の全国出場、堂々の4強進出 |
| 1970年度 | 帝京高校 | 第49回全国高校サッカー選手権大会(3回目) | 全国大会 ベスト4 | 2年連続で全国準決勝へ進出、強豪の地位確立 |
| 1971年度 | 帝京高校 | 第50回全国高校サッカー選手権大会(4回目) | 全国大会 ベスト16 | 3年連続出場を果たし全国大会3回戦進出 |
| 1972年度 | 帝京高校 | 第51回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 都予選決勝で惜敗、連続出場が途切れる |
| 1973年度 | 帝京高校 | 第52回全国高校サッカー選手権大会(5回目) | 全国大会 ベスト16 | 2年ぶりに全国の舞台へ返り咲く |
| 1974年度 | 帝京高校 | 第53回全国高校サッカー選手権大会(6回目) | 全国大会 優勝(初優勝) | 清水東を3-1で下し創部21年目で悲願の全国初制覇 |
| 1975年度 | 帝京高校 | 第54回全国高校サッカー選手権大会(7回目) | 全国大会 ベスト16 | 連覇を目指し全国大会へ参戦 |
| 1976年度 | 帝京高校 | 第55回全国高校サッカー選手権大会(8回目) | 全国大会 ベスト4 | 夏のインハイ初制覇に続き冬も全国4強 |
| 1977年度 | 帝京高校 | 第56回全国高校サッカー選手権大会(9回目) | 全国大会 優勝(2回目) | 早稲田一男らを擁し圧倒的な強さで2度目の日本一 |
| 1978年度 | 帝京高校 | 第57回全国高校サッカー選手権大会(10回目) | 全国大会 ベスト16 | 木梨憲武らが在籍、全国大会3回戦進出 |
| 1979年度 | 帝京高校 | 第58回全国高校サッカー選手権大会(11回目) | 全国大会 優勝(3回目) | 川添孝一らを擁し韮崎を4-0で破り3度目の全国制覇 |
| 1980年度 | 帝京高校 | 第59回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 都予選決勝で惜敗し全国出場を逃す |
| 1981年度 | 帝京高校 | 第60回全国高校サッカー選手権大会(12回目) | 全国大会 ベスト16 | 名取篤主将を中心に全国3回戦進出 |
| 1982年度 | 帝京高校 | 第61回全国高校サッカー選手権大会(13回目) | 全国大会 ベスト8 | 夏の総体優勝に続き冬も準々決勝進出 |
| 1983年度 | 帝京高校 | 第62回全国高校サッカー選手権大会(14回目) | 全国大会 優勝(4回目) | 前田治、広瀬治、平岡和徳らを擁し清水東を破り優勝 |
| 1984年度 | 帝京高校 | 第63回全国高校サッカー選手権大会(15回目) | 全国大会 優勝(5回目) | 決勝で島原商と1-1両校優勝、史上屈指の大会連覇 |
| 1985年度 | 帝京高校 | 第64回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 3連覇を目指すも激戦の都予選で惜敗 |
| 1986年度 | 帝京高校 | 第65回全国高校サッカー選手権大会(16回目) | 全国大会 ベスト16 | 2年ぶりに全国復帰し3回戦進出 |
| 1987年度 | 帝京高校 | 第66回全国高校サッカー選手権大会(17回目) | 全国大会 ベスト16 | 礒貝洋光、森山泰行、本田泰人らの豪華布陣で魅了 |
| 1988年度 | 帝京高校 | 第67回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 飯島寿久、遠藤雅大らを擁するも都予選敗退 |
| 1989年度 | 帝京高校 | 第68回全国高校サッカー選手権大会(18回目) | 全国大会 出場 | 都予選を突破し全国の舞台へ参戦 |
| 1990年度 | 帝京高校 | 第69回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 都予選上位進出も全国に届かず |
| 1991年度 | 帝京高校 | 第70回全国高校サッカー選手権大会(19回目) | 全国大会 優勝(6回目) | 日比威主将が牽引、松波正信が得点王、四中工と両校V |
| 1992年度 | 帝京高校 | 第71回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 松波正信・阿部敏之の3年時、都予選決勝で惜敗 |
| 1993年度 | 帝京高校 | 第72回全国高校サッカー選手権大会(20回目) | 全国大会 出場 | 記念すべき全国通算20回目の選手権出場 |
| 1994年度 | 帝京高校 | 第73回全国高校サッカー選手権大会(21回目) | 全国大会 準優勝 | 荒谷守監督代行のもと決勝進出、市立船橋に惜敗 |
| 1995年度 | 帝京高校 | 第74回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選敗退 | 都予選準決勝で敗退 |
| 1996年度 | 帝京高校 | 第75回全国高校サッカー選手権大会(22回目) | 全国大会 ベスト16 | 全国3回戦まで進出 |
| 1997年度 | 帝京高校 | 第76回全国高校サッカー選手権大会(23回目) | 全国大会 準優勝 | 中田浩二・木島良輔を擁し東福岡との伝説の雪の決勝 |
| 1998年度 | 帝京高校 | 第77回全国高校サッカー選手権大会(24回目) | 全国大会 準優勝 | 藤倉寛主将・矢野隼人らを擁し東福岡と決勝再戦 |
| 1999年度 | 帝京高校 | 第78回全国高校サッカー選手権大会(25回目) | 全国大会 ベスト8 | 矢野隼人、田中達也らが躍動し全国8強進出 |
2000年代〜2020年代(激戦期から15年ぶりの全国復帰へ)
田中達也を擁した2000年代初頭、廣瀬体制での2005年・2007年・2009年の全国出場を経て、長きにわたる激戦区・東京の壁を乗り越え、2024年に藤倉監督のもと15年ぶりとなる悲願の選手権全国大会出場を果たしました。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2000年度 | 帝京高校 | 第79回全国高校サッカー選手権大会(26回目) | 全国大会 ベスト16 | 田中達也の圧倒的スピードで全国を席巻 |
| 2001年度 | 帝京高校 | 第80回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト4 | 都予選準決勝で敗退、全国出場を逃す |
| 2002年度 | 帝京高校 | 第81回全国高校サッカー選手権大会(27回目) | 全国大会 出場 | 夏の総体制覇に続き冬も全国の舞台へ参戦 |
| 2003年度 | 帝京高校 | 第82回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 準優勝 | 古沼監督ラストイヤー、決勝で成立学園に惜敗 |
| 2004年度 | 帝京高校 | 第83回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト4 | 廣瀬龍新監督のもと再建への挑戦がスタート |
| 2005年度 | 帝京高校 | 第84回全国高校サッカー選手権大会(28回目) | 全国大会 出場 | 廣瀬体制で3年ぶりに冬の全国切符を獲得 |
| 2006年度 | 帝京高校 | 第85回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 準優勝 | 都決勝まで勝ち進むもあと一歩及ばず |
| 2007年度 | 帝京高校 | 第86回全国高校サッカー選手権大会(29回目) | 全国大会 ベスト16 | 伝統の勝負強さで全国3回戦進出 |
| 2008年度 | 帝京高校 | 第87回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 準優勝 | 決勝で成立学園にPK戦の末惜敗 |
| 2009年度 | 帝京高校 | 第88回全国高校サッカー選手権大会(30回目) | 全国大会 出場 | 稲垣祥主将を中心に都予選を突破し全国出場 |
| 2010年度 | 帝京高校 | 第89回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 準優勝 | 決勝で駒澤大高に惜敗し全国を逃す |
| 2011年度 | 帝京高校 | 第90回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト4 | 準決勝で東久留米総合に敗れ4強止まり |
| 2012年度 | 帝京高校 | 第91回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト4 | 廣瀬体制最終年、都予選準決勝でPK戦惜敗 |
| 2013年度 | 帝京高校 | 第92回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト8 | 荒谷守氏が監督復帰、チーム改革に着手 |
| 2014年度 | 帝京高校 | 第93回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト8 | 荒谷・日比のダブル体制が始動し意識改革が進む |
| 2015年度 | 帝京高校 | 第94回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 準優勝 | 日比体制で決勝進出、駒澤大高に惜敗 |
| 2016年度 | 帝京高校 | 第95回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト8 | 準々決勝で関東一に惜敗 |
| 2017年度 | 帝京高校 | 第96回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト4 | 準決勝で関東一に競り負け4強 |
| 2018年度 | 帝京高校 | 第97回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 準優勝 | 三浦颯太らを擁し決勝で国学院久我山と熱戦 |
| 2019年度 | 帝京高校 | 第98回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 準優勝 | 決勝で国学院久我山に惜敗、目前で全国逃す |
| 2020年度 | 帝京高校 | 第99回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト8 | コロナ禍の変則日程の中、準々決勝敗退 |
| 2021年度 | 帝京高校 | 第100回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト4 | 準決勝で堀越に敗れ冬の切符に届かず |
| 2022年度 | 帝京高校 | 第101回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 準優勝 | 決勝で成立学園に惜敗し準優勝 |
| 2023年度 | 帝京高校 | 第102回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 東京都ベスト4 | 準決勝で堀越に競り負け無念の敗退 |
| 2024年度 | 帝京高校 | 第103回全国高校サッカー選手権大会(35回目) | 全国大会 出場 | 藤倉新監督のもと都予選制覇、15年ぶり全国出場 |
| 2025年度 | 帝京高校 | 第104回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 上位進出 | 2年連続の全国選手権出場を目指し激戦を展開 |
| 2026年度 | 帝京高校 | 第105回全国高校サッカー選手権東京都予選 | 都予選 参戦中 | 選手権王座奪還に向け新たな伝統を築く |
全国高校総体(インターハイ)
通算33回以上出場、全国優勝3回(1976, 1982, 2002)、全国準優勝3回(1974, 2001, 2022)。1966年のインターハイ第1回大会以降、東京都代表として夏の全国大会を席巻。1976年の全国初制覇をはじめ3度の日本一に輝き、2022年には20年ぶりとなる決勝進出を果たして準優勝を飾りました。
1960年代〜1990年代(インターハイでの快進撃)
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1966年 | 帝京高校 | 第1回全国高校総体東京都予選 | 都予選敗退 | インターハイ競技開始初年度、都予選で惜敗 |
| 1967年 | 帝京高校 | 第2回全国高校総体(初出場) | 全国大会 出場 | 古沼体制で記念すべきインターハイ全国初出場 |
| 1968年 | 帝京高校 | 第3回全国高校総体(2回目) | 全国大会 ベスト8 | 全国準々決勝へ進出、夏の強豪として名乗り |
| 1969年 | 帝京高校 | 第4回全国高校総体(3回目) | 全国大会 ベスト4 | 3年連続出場、初の全国4強進出を達成 |
| 1970年 | 帝京高校 | 第5回全国高校総体(4回目) | 全国大会 出場 | 安定した強さで4年連続の全国出場 |
| 1971年 | 帝京高校 | 第6回全国高校総体(5回目) | 全国大会 出場 | 激戦の都予選を突破し全国大会へ |
| 1972年 | 帝京高校 | 第7回全国高校総体(6回目) | 全国大会 ベスト4 | 2度目となる全国ベスト4進出 |
| 1973年 | 帝京高校 | 第8回全国高校総体(7回目) | 全国大会 出場 | 7年連続出場を果たし全国の舞台で奮戦 |
| 1974年 | 帝京高校 | 第9回全国高校総体(8回目) | 全国大会 準優勝 | 初の全国決勝進出、惜しくも準優勝 |
| 1975年 | 帝京高校 | 第10回全国高校総体(9回目) | 全国大会 出場 | 冬の選手権初制覇を経て夏の頂点を目指す |
| 1976年 | 帝京高校 | 第11回全国高校総体(10回目) | 全国大会 優勝(初優勝) | 決勝で広島工を破り記念すべきインターハイ初優勝 |
| 1977年 | 帝京高校 | 第12回全国高校総体(11回目) | 全国大会 ベスト4 | 早稲田一男らを擁し夏冬連覇を狙うも4強 |
| 1978年 | 帝京高校 | 第13回全国高校総体(12回目) | 全国大会 出場 | 木梨憲武らが在籍、都代表として参戦 |
| 1979年 | 帝京高校 | 第14回全国高校総体(13回目) | 全国大会 ベスト8 | 川添孝一らを擁し全国8強進出 |
| 1980年 | 帝京高校 | 第15回全国高校総体(14回目) | 全国大会 出場 | 14年連続となる全国インターハイ出場 |
| 1981年 | 帝京高校 | 第16回全国高校総体(15回目) | 全国大会 出場 | 名取篤らを中心に全国の舞台で戦う |
| 1982年 | 帝京高校 | 第17回全国高校総体(16回目) | 全国大会 優勝(2回目) | 決勝で京都商を3-0で下し6年ぶり2度目の全国制覇 |
| 1983年 | 帝京高校 | 第18回全国高校総体(17回目) | 全国大会 出場 | 前田治、平岡和徳らを擁し全国参戦 |
| 1984年 | 帝京高校 | 第19回全国高校総体(18回目) | 全国大会 ベスト8 | 前年冬の選手権制覇メンバーを中心に8強 |
| 1985年 | 帝京高校 | 第20回全国高校総体(19回目) | 全国大会 出場 | 岩井厚裕らを擁し都予選を突破 |
| 1986年 | 帝京高校 | 第21回全国高校総体(20回目) | 全国大会 出場 | 節目となる20回目のインターハイ出場 |
| 1987年 | 帝京高校 | 第22回全国高校総体(21回目) | 全国大会 ベスト4 | 礒貝洋光、森山泰行、本田泰人を擁し全国4強 |
| 1988年 | 帝京高校 | 第23回全国高校総体(22回目) | 全国大会 出場 | 飯島寿久、遠藤雅大らを擁し全国参戦 |
| 1989年 | 帝京高校 | 第24回全国高校総体(23回目) | 全国大会 出場 | 都予選を勝ち抜き全国へ |
| 1990年 | 帝京高校 | 第25回全国高校総体(24回目) | 全国大会 出場 | 新世代のタレント陣が台頭 |
| 1991年 | 帝京高校 | 第26回全国高校総体(25回目) | 全国大会 ベスト8 | 日比威主将・松波正信らを擁し8強 |
| 1992年 | 帝京高校 | 第27回全国高校総体(26回目) | 全国大会 ベスト16 | 松波正信・阿部敏之の3年時、3回戦進出 |
| 1993年 | 帝京高校 | 第28回全国高校総体(27回目) | 全国大会 出場 | 全国大会で主導権を握るパスサッカーを展開 |
| 1994年 | 帝京高校 | 第29回全国高校総体(28回目) | 全国大会 ベスト8 | 荒谷体制のもと全国準々決勝進出 |
| 1995年 | 帝京高校 | 第30回全国高校総体(29回目) | 全国大会 出場 | 都代表として堂々の全国参戦 |
| 1996年 | 帝京高校 | 第31回全国高校総体(30回目) | 全国大会 出場 | 中田浩二らが主力として台頭 |
| 1997年 | 帝京高校 | 第32回全国高校総体(31回目) | 全国大会 出場 | 中田浩二・木島良輔を擁し全国の舞台へ |
| 1998年 | 帝京高校 | 第33回全国高校総体(32回目) | 全国大会 ベスト8 | 藤倉寛主将・矢野隼人らを擁し全国8強 |
| 1999年 | 帝京高校 | 第34回全国高校総体(33回目) | 全国大会 出場 | 矢野隼人、田中達也らを擁し全国参戦 |
2000年代〜2020年代(2002年制覇と2022年準優勝)
2002年の茨城総体で20年ぶり3度目となる全国制覇を成し遂げ、2022年の徳島総体ではOBの日比監督のもとで決勝進出を果たし準優勝。近年も夏の全国大会で常に上位を争う強さを発揮しています。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2000年 | 帝京高校 | 第35回全国高校総体(34回目) | 全国大会 出場 | 田中達也の切れ味鋭いドリブルが光る |
| 2001年 | 帝京高校 | 第36回全国高校総体(35回目) | 全国大会 準優勝 | 決勝で市立船橋と激闘を展開し準優勝 |
| 2002年 | 帝京高校 | 第37回全国高校総体(36回目) | 全国大会 優勝(3回目) | 決勝で国見を2-1で破り20年ぶり3度目の全国制覇 |
| 2003年 | 帝京高校 | 第38回全国高校総体(37回目) | 全国大会 ベスト16 | 連覇を目指し全国大会3回戦進出 |
| 2004年 | 帝京高校 | 平成16年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト4 | 廣瀬体制初年度、都予選準決勝で惜敗 |
| 2005年 | 帝京高校 | 第40回全国高校総体(38回目) | 全国大会 ベスト8 | 2年ぶりに全国復帰し準々決勝進出 |
| 2006年 | 帝京高校 | 第41回全国高校総体(39回目) | 全国大会 出場 | 都予選を突破し全国の舞台へ参戦 |
| 2007年 | 帝京高校 | 第42回全国高校総体(40回目) | 全国大会 ベスト8 | 記念すべき40回目出場、流経大柏と激戦 |
| 2008年 | 帝京高校 | 平成20年度全国高校総体東京都予選 | 都予選 準優勝 | 決勝で惜敗し夏の全国を逃す |
| 2009年 | 帝京高校 | 第44回全国高校総体(41回目) | 全国大会 出場 | 稲垣祥らを擁し都代表として夏の全国へ参戦 |
| 2010年 | 帝京高校 | 第45回全国高校総体(42回目) | 全国大会 ベスト16 | 2年連続出場、全国3回戦進出 |
| 2011年 | 帝京高校 | 平成23年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト4 | 準決勝敗退、あと一歩届かず |
| 2012年 | 帝京高校 | 平成24年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト8 | 廣瀬体制ラストイヤー、準々決勝敗退 |
| 2013年 | 帝京高校 | 平成25年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト4 | 荒谷体制で準決勝進出、修徳に惜敗 |
| 2014年 | 帝京高校 | 平成26年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト8 | 荒谷・日比のダブル体制で強化推進 |
| 2015年 | 帝京高校 | 平成27年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト8 | 日比新体制で攻守の連携を再構築 |
| 2016年 | 帝京高校 | 平成28年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト4 | 準決勝敗退、着実に地力を発揮 |
| 2017年 | 帝京高校 | 平成29年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト8 | トーナメントの勝負強さを磨く |
| 2018年 | 帝京高校 | 平成30年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト4 | 三浦颯太らを擁し準決勝で惜敗 |
| 2019年 | 帝京高校 | 令和元年度全国高校総体東京都予選 | 都予選 準優勝 | 決勝で國學院久我山に惜敗 |
| 2020年 | 帝京高校 | 令和2年度全国高校総体東京都予選 | 大会中止 | 新型コロナウイルス拡大により中止 |
| 2021年 | 帝京高校 | 令和3年度全国高校総体(43回目) | 全国大会 出場 | 日比体制で11年ぶりに夏の全国大会復帰 |
| 2022年 | 帝京高校 | 令和4年度全国高校総体(44回目) | 全国大会 準優勝 | 快進撃で決勝進出、前橋育英と死闘を演じる |
| 2023年 | 帝京高校 | 令和5年度全国高校総体東京都予選 | 東京都ベスト8 | 連覇を狙う都予選準々決勝で敗退 |
| 2024年 | 帝京高校 | 令和6年度全国高校総体(45回目) | 全国大会 出場 | 藤倉新体制で2年ぶりインターハイ全国出場 |
| 2025年 | 帝京高校 | 令和7年度全国高校総体(46回目) | 全国大会 ベスト8 | 全国準々決勝進出、カナリア軍団の強さを証明 |
| 2026年 | 帝京高校 | 令和8年度全国高校総体東京都予選 | 都予選 参戦中 | 夏の全国制覇を目標に都予選を戦う |
高円宮杯 U-18サッカーリーグ(全日本ユース / プリンスリーグ関東 / 都リーグ)
1990年の全日本ユース選手権創設から、2003年のJFAプリンスリーグU-18関東発足、そして都リーグT1とプリンス関東1部での戦いを網羅。年間を通じたリーグ戦文化の中でJアカデミー勢と対等に対峙し、2022年および2025年には最高峰・プレミアリーグ参入プレーオフへ進出を果たしています。
1990年代〜2000年代(全日本ユースからプリンス関東創設期)
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1990年 | 帝京高校 | 第1回全日本ユース選手権 | 全国大会 出場 | クラブユースと高体連が激突する第1回大会に出場 |
| 1991年 | 帝京高校 | 第2回全日本ユース選手権 | 全国大会 ベスト8 | 日比主将・松波らを擁し秋の全国大会8強 |
| 1992年 | 帝京高校 | 第3回全日本ユース選手権 | 全国大会 出場 | 松波正信らを擁しグループリーグ参戦 |
| 1993年 | 帝京高校 | 第4回全日本ユース選手権 | 関東予選敗退 | Jリーグ開幕初年度、ユース勢と熱戦 |
| 1994年 | 帝京高校 | 第5回全日本ユース選手権 | 全国大会 ベスト8 | 秋の全国大会で準々決勝進出 |
| 1995年 | 帝京高校 | 第6回全日本ユース選手権 | 関東予選敗退 | 関東強豪クラブとの激戦を展開 |
| 1996年 | 帝京高校 | 第7回全日本ユース選手権 | 全国大会 出場 | 中田浩二らが台頭し全国の舞台へ |
| 1997年 | 帝京高校 | 第8回全日本ユース選手権 | 全国大会 ベスト8 | 中田浩二・木島良輔を擁し全国8強 |
| 1998年 | 帝京高校 | 第9回全日本ユース選手権 | 全国大会 ベスト8 | 藤倉寛主将・矢野隼人を擁し準々決勝進出 |
| 1999年 | 帝京高校 | 第10回全日本ユース選手権 | 全国大会 ベスト8 | 田中達也、矢野隼人らを擁し8強 |
| 2000年 | 帝京高校 | 第11回全日本ユース選手権 | 全国大会 ベスト8 | 田中達也の切れ味で秋の全国8強 |
| 2001年 | 帝京高校 | 第12回全日本ユース選手権 | 全国大会 出場 | J下部組織や全国強豪とグループ戦を展開 |
| 2002年 | 帝京高校 | 第13回全日本ユース選手権 | 全国大会 出場 | 夏冬全国出場とともに全日本ユース参戦 |
| 2003年 | 帝京高校 | JFAプリンスリーグU-18関東 | 6位 | 地域別リーグ創設初年度、関東強豪と熱戦 |
| 2004年 | 帝京高校 | JFAプリンスリーグU-18関東 | 7位 | 廣瀬新監督のもとクラブユース勢と対戦 |
| 2005年 | 帝京高校 | JFAプリンスリーグU-18関東 | 5位 | 安定した試合運びで上位をキープ |
| 2006年 | 帝京高校 | JFAプリンスリーグU-18関東 | 8位 | 関東トップレベルの強度で実戦を重ねる |
| 2007年 | 帝京高校 | JFAプリンスリーグU-18関東 | 6位 | 冬の選手権ベスト16へ向けて地力強化 |
| 2008年 | 帝京高校 | JFAプリンスリーグU-18関東 | 7位 | 激戦の関東リーグで残留を果たす |
| 2009年 | 帝京高校 | JFAプリンスリーグU-18関東 | 8位 | 稲垣祥らを擁しJユース勢と拮抗した試合を展開 |
2010年代〜2020年代(都リーグからプリンス復帰、プレミアへの挑戦)
2010年代の都リーグT1での鍛錬を経て、2019年に都1部優勝・参入戦突破を果たしてプリンス関東へ復帰。2022年と2025年にはプリンス関東1部で2位となり、高校年代最高峰であるプレミアリーグ参入プレーオフに進出しました。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2010年 | 帝京高校 | JFAプリンスリーグU-18関東 | 9位(都リーグ降格) | 全日本ユース最終年、入替戦で無念の降格 |
| 2011年 | 帝京高校 | 高円宮杯U-18東京都リーグT1 | 3位 | 通年制リーグ開幕、都リーグで上位争い |
| 2012年 | 帝京高校 | 高円宮杯U-18東京都リーグT1 | 2位 | 廣瀬体制最終年、参入戦へあと一歩に迫る |
| 2013年 | 帝京高校 | 高円宮杯U-18東京都リーグT1 | 4位 | 荒谷体制のもと都1部で強さを維持 |
| 2014年 | 帝京高校 | 高円宮杯U-18東京都リーグT1 | 3位 | 荒谷・日比のダブル体制でプリンス復帰を目指す |
| 2015年 | 帝京高校 | 高円宮杯U-18東京都リーグT1 | 2位 | 日比新体制で組織力と技術を研ぎ澄ます |
| 2016年 | 帝京高校 | 高円宮杯U-18東京都リーグT1 | 3位 | 都リーグ上位を堅守 |
| 2017年 | 帝京高校 | 高円宮杯U-18東京都リーグT1 | 2位 | 参入戦進出を争い熱戦を展開 |
| 2018年 | 帝京高校 | 高円宮杯U-18東京都リーグT1 | 4位 | 三浦颯太らを擁し攻守に奮闘 |
| 2019年 | 帝京高校 | 高円宮杯U-18東京都リーグT1 | 優勝 | 都1部を制覇、関東プリンス参入戦を突破 |
| 2020年 | 帝京高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関東 | 開催規模縮小 | コロナ禍の短期決戦で存在感を示す |
| 2021年 | 帝京高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関東 | 5位 | Jアカデミー勢と互角の勝負を展開 |
| 2022年 | 帝京高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関東1部 | 2位 | プレミア参入プレーオフ進出、最高峰へ王手 |
| 2023年 | 帝京高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関東1部 | 4位 | 強豪ひしめく関東1部で上位フィニッシュ |
| 2024年 | 帝京高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関東1部 | 4位 | 安定したポゼッションでJユースを撃破 |
| 2025年 | 帝京高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関東1部 | 2位 | 再びプレミアリーグプレーオフへ進出 |
| 2026年 | 帝京高校 | 高円宮杯プリンスリーグ関東1部 | 参戦中 | 悲願のプレミア昇格を目指し首位争いを展開 |
ユニフォーム
- サプライヤー:プーマ(PUMA)
- カラー・デザイン詳細:
- 1stキット(FP正):シャツ「黄色(カナリアイエロー)」/パンツ「青(ロイヤルブルー)」/ソックス「白」。名将・古沼貞雄監督がブラジル代表のスタイルに憧れて採用した、高校サッカーを代表する「カナリア軍団」の象徴的カラー。
- 2ndキット(FP副):シャツ「サックスブルー(水色)または白」/パンツ「黒または白」/ソックス「青または白」。洗練されたコントラストでアウェイ戦に臨む。
- GKキット:正「緑/緑/緑」、副「赤/赤/赤」。
部員人数
- 総部員数:約130〜150名。
- カテゴリー構成・活動実態:
- トップチーム(Aチーム):高円宮杯プリンスリーグ関東1部、インターハイ、選手権に参戦。
- セカンド・サードチーム(B・Cチーム等):高円宮杯東京都ユースリーグ(Tリーグ)、関東ルーキーリーグなどに参戦し、全部員が実戦経験を積める環境を整備。
- 主な出身チーム:
- FC東京U-15深川・むさし、東京ヴェルディジュニアユース、三菱養和SC、横河武蔵野FC、ジェフ千葉U-15、浦和レッズジュニアユースなどの首都圏名門クラブ
- 東京都内および近郊の中体連強豪校、全国各地の街クラブ
学校生活
- 練習環境:
- 帝京大学千住キャンパス人工芝グラウンド(足立区千住桜木に位置する夜間照明完備のフルピッチ専用拠点)。
- 帝京高校校内トレーニングルーム(最新のウエイト器具、パワーラック、エルゴメーター等を完備)。
- 帝京大学スポーツ医科学センターとの提携によるメディカル・フィジカルサポート。
- 練習時間:
- 平日:放課後(16:00〜18:30頃)、短時間集中型のハイインテンシティなメニューを実施。
- 週末:プリンスリーグ関東公式戦、都リーグ公式戦、遠征・練習試合。
寮について
帝京高校サッカー部には、学校専用の指定寮やサッカー部専用寮は設置されておらず、原則として自宅から通学するスタイルをとっています。
部員の大半は東京都内および埼玉、神奈川、千葉などの首都圏近郊から公共交通機関を利用して通学しています。遠方出身の選手が在籍する場合は、親戚宅や身元引受人、民間学生マンションなどを個別に手配して通学環境を整えています。専用寮がない環境だからこそ、選手たちは毎日の規則正しい生活管理や自己規律、体調管理を自発的に実践。家庭の温かなサポートを受けながら、学業と高強度のトレーニングを両立させ、社会で通用する自立した人間性を育んでいます。
入部するには
- 高校のコース・偏差値:
- 普通科進学選抜コース(偏差値:約57〜59)
- 普通科インターナショナルコース(偏差値:約55〜57)
- 普通科文理コース(偏差値:約50〜52)
- 普通科アスリートコース(偏差値:約48〜50)※サッカー部員の多くが所属
- 入部方法:
- アスリートコース(推薦・セレクション):中学3年次を対象とした練習会・セレクションを通じて内定を獲得するルートが主流。
- 一般入試からの入部:一般入試で入学した生徒の入部も認められており、入部後の本人の意欲と実力次第でトップチームへの昇格や公式戦出場を目指すことが可能。
進路
- 大学進学実績:帝京大学グループへの内部進学のほか、順天堂大学、早稲田大学、筑波大学、中央大学、明治大学、法政大学、流通経済大学、日本体育大学、国士舘大学など全国の大学サッカー強豪校へ多数推薦進学。
- プロ・Jリーグ出身選手一覧(帝京高校サッカー部出身者・高校卒業年度順):
- 1976年度卒:佐々木則夫(帝京高校 → 明治大学 → 電電関東、元日本女子代表「なでしこジャパン」監督・W杯優勝)
- 1977年度卒:早稲田一男(帝京高校 → 古河電気工業、元日章学園高校監督)
- 1977年度卒:宮内聡(帝京高校 → 古河電気工業、元日本代表、元なでしこジャパン監督)
- 1977年度卒:金子久(帝京高校 → 古河電気工業、元日本代表)
- 1978年度卒:川添孝一(帝京高校 → 三菱重工業)
- 1979年度卒:木梨憲武(帝京高校 → お笑いコンビ・とんねるず、タレント ※サッカー部OB)
- 1979年度卒:名取篤(帝京高校 → 三菱重工業/浦和レッズ、元日本代表)
- 1982年度卒:谷中治(帝京高校 → フジタ工業、元日本代表)
- 1983年度卒:平岡和徳(帝京高校 → 筑波大学 → 全日空横浜、熊本県立大津高校サッカー部総監督)
- 1983年度卒:前田治(帝京高校 → 東海大学 → 全日空横浜/横浜フリューゲルス、元日本代表)
- 1983年度卒:広瀬治(帝京高校 → 三菱重工業/浦和レッズ、ワン・クラブ・マン)
- 1984年度卒:岩井厚裕(帝京高校 → 東海大学 → 横浜フリューゲルス 他)
- 1984年度卒:鋤柄昌宏(帝京高校 → 筑波大学 → ヴェルディ川崎 → 浦和レッズ 他)
- 1986年度卒:巻田清一(帝京高校 → 東海大学 → 浦和レッズ 他)
- 1987年度卒:本田泰人(帝京高校 → 本田技研 → 鹿島アントラーズ、元日本代表主将)
- 1987年度卒:礒貝洋光(帝京高校 → 東海大学 → ガンバ大阪 → 浦和レッズ、元日本代表、Jリーグ初代新人王)
- 1987年度卒:森山泰行(帝京高校 → 順天堂大学 → 名古屋グランパスエイト 他、元日本代表)
- 1987年度卒:飯島寿久(帝京高校 → 東海大学 → 名古屋グランパスエイト 他)
- 1987年度卒:木島敦(帝京高校 → 東京農業大学 → コンサドーレ札幌 他)
- 1988年度卒:遠藤雅大 / 遠藤昌浩(帝京高校 → 順天堂大学 → ジュビロ磐田 → 清水エスパルス → KVメヘレン / ベルギー 他、元日本代表)
- 1988年度卒:保坂信之(帝京高校 → 東海大学 → ヴェルディ川崎 → 浦和レッズ 他)
- 1988年度卒:池田伸康(帝京高校 → 早稲田大学 → 浦和レッズ 他)
- 1988年度卒:浅沼達也(帝京高校 → 東京農業大学 → コンサドーレ札幌 他)
- 1990年度卒:森下仁志(帝京高校 → 順天堂大学 → ガンバ大阪 → コンサドーレ札幌 他、元ジュビロ磐田監督)
- 1991年度卒:日比威(帝京高校 → 順天堂大学 → アビスパ福岡 → 水戸ホーリーホック、前帝京高校監督・現順天堂大学監督)
- 1991年度卒:清野乙彦(帝京高校 → 名古屋グランパス 他)
- 1992年度卒:松波正信(帝京高校 → ガンバ大阪、元日本代表、Jリーグ新人王)
- 1992年度卒:阿部敏之(帝京高校 → 筑波大学中退 → 鹿島アントラーズ → 浦和レッズ 他)
- 1992年度卒:丸山良明(帝京高校 → 早稲田大学 → 横浜F・マリノス → アルビレックス新潟 → ベガルタ仙台 他)
- 1992年度卒:小峯隆幸(帝京高校 → 順天堂大学 → FC東京 → 柏レイソル 他)
- 1994年度卒:熱田眞(帝京高校 → 国士舘大学 → 京都パープルサンガ → アルビレックス新潟 他)
- 1994年度卒:川瀬信一(帝京高校 → 中央大学 → FC東京 他)
- 1995年度卒:ダビド・ソリア(帝京高校 → コンサドーレ札幌 他)
- 1995年度卒:依田光正(帝京高校 → 帝京大学 → モンテディオ山形 → ザスパ草津)
- 1995年度卒:青井健(帝京高校 → FC東京 他)
- 1996年度卒:森田真吾(帝京高校 → 順天堂大学 → 横浜FC → 水戸ホーリーホック → ヴァンフォーレ甲府 他)
- 1997年度卒:中田浩二(帝京高校 → 鹿島アントラーズ → オリンピック・マルセイユ / フランス → FCバーゼル / スイス → 鹿島アントラーズ、元日本代表・W杯2大会出場)
- 1997年度卒:木島良輔(帝京高校 → 横浜F・マリノス → 大分トリニータ → 東京ヴェルディ 他)
- 1997年度卒:貞富信宏(帝京高校 → 湘南ベルマーレ → モンテディオ山形 → 横浜FC 他)
- 1998年度卒:藤倉寛(帝京高校 → 現・帝京高校サッカー部監督、第77回選手権準優勝主将)
- 1998年度卒:矢野隼人(帝京高校 → ヴェルディ川崎 → ヴァンフォーレ甲府 他、「和製ロナウド」)
- 1998年度卒:高橋泰(帝京高校 → サンフレッチェ広島 → 大宮アルディージャ → ロアッソ熊本 → アビスパ福岡 他)
- 1998年度卒:ノグチピント・エリキソン(帝京高校 → 柏レイソル 他)
- 1999年度卒:久保田学(帝京高校 → 東京学芸大学 → 横浜FC 他)
- 2000年度卒:田中達也(帝京高校 → 浦和レッズ → アルビレックス新潟、元日本代表)
- 2000年度卒:田村雄三(帝京高校 → 中央大学 → 湘南ベルマーレ、現いわきFC監督)
- 2000年度卒:中島俊一(帝京高校 → 流通経済大学 → 名古屋グランパス → 水戸ホーリーホック 他)
- 2001年度卒:平松大志(帝京高校 → 中央大学 → 水戸ホーリーホック → FC東京)
- 2001年度卒:金子恵(帝京高校 → 仙台大学 → ザスパ草津 他)
- 2001年度卒:木島徹也(帝京高校 → 松本山雅FC → FC町田ゼルビア → カマタマーレ讃岐 他)
- 2002年度卒:横山知伸(帝京高校 → 早稲田大学 → 川崎フロンターレ → セレッソ大阪 → 大宮アルディージャ → コンサドーレ札幌 他)
- 2002年度卒:大沢朋也(帝京高校 → 大宮アルディージャ → カマタマーレ讃岐 他)
- 2002年度卒:大瀧直也(帝京高校 → モンテディオ山形 他)
- 2002年度卒:中村英之(帝京高校 → 順天堂大学 → 水戸ホーリーホック → ザスパ草津 → FC岐阜 → モンテディオ山形)
- 2002年度卒:山口貴弘(帝京高校 → 早稲田大学 → 湘南ベルマーレ → V・ファーレン長崎 → 大分トリニータ)
- 2003年度卒:関口訓充(帝京高校 → ベガルタ仙台 → 浦和レッズ → セレッソ大阪 → 南葛SC 他、元日本代表)
- 2003年度卒:足助翔(帝京高校 → 国士舘大学 → 東京ヴェルディ → カターレ富山)
- 2007年度卒:大久保択生(帝京高校 → 横浜FC → ジェフ千葉 → V・ファーレン長崎 → FC東京 → サガン鳥栖 → 清水エスパルス → カターレ富山 他)
- 2007年度卒:浦田延尚(帝京高校 → 横浜F・マリノス → サガン鳥栖 → 愛媛FC → 松本山雅FC 他)
- 2007年度卒:浅田大樹(帝京高校 → 法政大学 → FC琉球 → 藤枝MYFC)
- 2007年度卒:新裕太朗(帝京高校 → 青山学院大学 → 福島ユナイテッドFC 他)
- 2008年度卒:伊藤竜司(帝京高校 → 横浜FC → FC琉球 → 松本山雅FC → 栃木SC 他)
- 2008年度卒:村松知輝(帝京高校 → 浜松大学 → カターレ富山 → カンボジア・ボーウング・ケット 他)
- 2008年度卒:山崎侑輝(帝京高校 → 鹿屋体育大学 → ロアッソ熊本 他)
- 2009年度卒:稲垣祥(帝京高校 → 日本体育大学 → ヴァンフォーレ甲府 → サンフレッチェ広島 → 名古屋グランパス、日本代表)
- 2009年度卒:徳武正之(帝京高校 → 常葉大学 → ツエーゲン金沢 → アスルクラロ沼津 → FCマルヤス岡崎)
- 2010年度卒:高木利弥(帝京高校 → 神奈川大学 → モンテディオ山形 → ジェフ千葉 → 柏レイソル → 松本山雅FC 他)
- 2010年度卒:桑島良汰(帝京高校 → 大阪学院大学 → FC今治 → 奈良クラブ → ヴィアティン三重 他)
- 2010年度卒:平石直人(帝京高校 → 東洋大学 → FC町田ゼルビア → 藤枝MYFC → ブラウブリッツ秋田 → SC相模原 他)
- 2011年度卒:伊藤剛(帝京高校 → 日本大学中退 → モンテネグロ各クラブ → 湘南ベルマーレ → 福島ユナイテッドFC → ギラヴァンツ北九州 他)
- 2011年度卒:宮尾孝一(帝京高校 → 桐蔭横浜大学 → Y.S.C.C.横浜 → FC今治 → ヴァンラーレ八戸 他)
- 2012年度卒:大野耀平(帝京高校 → 常葉大学 → 京都サンガF.C. → カターレ富山 → カマタマーレ讃岐)
- 2013年度卒:柳下大樹(帝京高校 → 松本山雅FC → カターレ富山 → ヴァンラーレ八戸 → いわてグルージャ盛岡)
- 2013年度卒:古島圭人(帝京高校 → 東京国際大学 → Y.S.C.C.横浜)
- 2014年度卒:下川雅人(帝京高校 → 国士舘大学 → モンテネグロ・OFKティトグラード → アスルクラロ沼津 他)
- 2014年度卒:大杉啓(帝京高校 → 日本体育大学 → 福島ユナイテッドFC 他)
- 2018年度卒:三浦颯太(帝京高校 → 日本体育大学 → ヴァンフォーレ甲府 → 川崎フロンターレ、日本代表)
- 2019年度卒:石井隼太(帝京高校 → 城西国際大学 → 水戸ホーリーホック → ベガルタ仙台)
- 2020年度卒:宮崎海冬(帝京高校 → 立正大学 → ツエーゲン金沢)
- 2022年度卒:入江羚介(帝京高校 → 順天堂大学在学/ヴィッセル神戸特別指定・内定)
- 2022年度卒:松本琉雅(帝京高校 → 順天堂大学在学/いわきFC特別指定・内定)
- 2023年度卒:横山夢樹(帝京高校 → FC今治 → セレッソ大阪)
- 2023年度卒:梅木怜(帝京高校 → FC今治)
- 2024年度卒:田所莉旺(帝京高校 → V・ファーレン長崎 → レノファ山口FC → 高知ユナイテッドSC)
- 2025年度卒:久保恵音(帝京高校 → FC今治加入内定)
- 2026年度卒見込(在学中):渡辺莉太(帝京高校 → 横浜FC加入内定・JFA特別指定選手)



















