中村北斗(国見 長崎県)高校サッカーヒーロー列伝
寸評
名門・長崎県立国見高校の黄金期を中盤の主軸として支え、無尽蔵のスタミナと高い戦術眼、球際の激しさで全国の舞台を席巻したボランチ兼サイドバック。1985年7月10日に長崎県諫早市で生まれ、喜々津少年サッカークラブ、長崎FCを経て国見高校へと進学した。同期には平山相太や兵藤慎剛、関憲太郎、1学年下には城後寿や渡邉千真、藤田優人、2学年上には徳永悠平ら錚々たるタレントが揃う環境のなか、1年生時から定位置を獲得した。
高校選手権では1年時の第80回大会で全国制覇を経験し、2年時の第81回大会で準優勝、主軸となった3年時の第82回大会では圧倒的な強さで再び全国制覇を成し遂げた。個人として史上稀に見る「3年連続選手権決勝フル出場」の金字塔を打ち立てただけでなく、高円宮杯全日本ユース選手権2連覇、3年時の長崎インターハイ優勝など、高校3年間で全国タイトルを計5回獲得する黄金時代を築き上げた。
高校卒業後は2004年にアビスパ福岡へ加入。豊富な運動量と果敢な攻撃参加を武器に主力として定着し、2005年のFIFAワールドユース選手権(現U-20W杯)にも出場した。その後はFC東京、大宮アルディージャ、V・ファーレン長崎などで長年にわたりトップレベルで活躍。引退後はアビスパ福岡のアカデミーで後進の指導に当たっている。
所属
長崎県立国見高等学校(長崎県)
生年月日
1985年7月10日
サイズ(身長・体重)
167cm / 69kg
ポジション
MF(ボランチ・サイドハーフ)、DF(サイドバック)
出身チーム
- 3種(中学校/ジュニアユース):長崎FC(諫早市立喜々津中学校)
- 4種(小学校/少年団/ジュニア):喜々津少年サッカークラブ(小学3年から入団)
出場大会
高校サッカー選手権(全国高等学校サッカー選手権大会)
- 1年時(2001年度・第80回大会):全国優勝。2回戦の松商学園戦に4-0、3回戦の秋田商戦に2-1、準々決勝の帝京戦に2-0、準決勝の鹿児島実戦に1-1(PK5-4)と勝ち上がり、決勝で岐阜工を3-1で下して全国制覇を果たした。1年生レギュラーとして全試合に出場した。
- 2年時(2002年度・第81回大会):全国準優勝。2回戦の丸岡戦に5-0、3回戦の青森山田戦に1-0、準々決勝の帝京戦に1-0、準決勝の桐蔭学園戦に2-1と勝利し、決勝で市立船橋に0-1で惜敗した。大会優秀選手に選出された。
- 3年時(2003年度・第82回大会):全国優勝。2回戦の富山第一戦に5-0、3回戦の福島東戦に2-0、準々決勝の市立船橋戦に1-0、準決勝の初芝橋本戦に4-0、決勝で筑陽学園を6-0で下し、圧倒的な強さで王座を奪還した。大会優秀選手に選出された。
高校総体(インターハイ)
- 1年時(2001年):熊本インターハイ出場。3回戦で前橋育英に敗退。
- 2年時(2002年):茨城インターハイ準優勝。決勝で帝京に1-2で敗れ準優勝となった。
- 3年時(2003年):長崎インターハイ全国優勝。地元長崎開催のプレッシャーのなか、準決勝で市立船橋を2-1、決勝で帝京を2-1(延長Vゴール)で破り全国制覇を達成。大会優秀選手に選出された。
全日本ユース(高円宮杯)
- 1年時(2001年・第12回大会):全国優勝。決勝でFC東京U-18を3-2で破り、高校勢として高円宮杯制覇を達成した。
- 2年時(2002年・第13回大会):全国優勝(2連覇)。決勝で星稜を破り、大会2連覇の偉業を成し遂げた。
- 3年時(2003年・第14回大会):準決勝進出。ベスト4進出を果たした。
国民体育大会(国体)
- 1年時(2001年):宮城国体少年男子・長崎県選抜として出場。国見高単独編成の長崎県選抜で全国制覇を達成。
- 2年時(2002年):高知国体少年男子・長崎県選抜として出場。
- 3年時(2003年):静岡国体少年男子・長崎県選抜として出場。ベスト4進出。
代表歴
高校時代の代表・選抜歴:U-18日本代表(2003年)、日本高校選抜(2003年・2004年)、長崎県国体選抜(2001年〜2003年)
【高校時代の代表歴について】
国見高校での傑出したパフォーマンスにより、高校2年時から3年時にかけて日本高校選抜に連続選出され、高校サッカー界屈指のミッドフィールダーとして高く評価された。
3年時の2003年にはU-18日本代表に名を連ね、国際舞台でもそのダイナミズムと戦術適応力を発揮。同世代のトップランナーとして世代別日本代表の中心を担う存在へと成長を遂げた。
卒業後の進路
プロ・社会人
- アビスパ福岡(2004年〜2008年):入団初年度からJ2リーグで主力として活躍し、2005年にはJ1昇格に大きく貢献した。
- FC東京(2009年〜2013年):J1昇格や2009年Jリーグヤマザキナビスコカップ優勝、2011年J2優勝および天皇杯優勝を経験した。
- 大宮アルディージャ(2014年)。
- アビスパ福岡(2015年〜2017年):古巣に復帰し、2015年のJ1昇格プレーオフを制して昇格に貢献。
- V・ファーレン長崎(2018年〜2019年):地元長崎へ移籍し、2020年1月に現役引退を発表した。
- 通算成績:J1リーグ通算147試合5得点、J2リーグ通算201試合15得点、カップ戦通算33試合2得点、天皇杯通算17試合0得点。
- タイトル:Jリーグヤマザキナビスコカップ優勝(2009年、FC東京)、天皇杯全日本サッカー選手権大会優勝(2011年、FC東京)、J2リーグ優勝(2011年、FC東京)。
日本代表
世代別日本代表:U-20日本代表として2005年FIFAワールドユース選手権(オランダ大会)に出場し、ベスト16進出に貢献。U-23日本代表として北京オリンピック予選に出場した。
引退後の活動・指導歴・役職
引退後は指導者の道に進み、2020年よりアビスパ福岡のアカデミーで指導を開始。U-18コーチなどを歴任し、2023年よりアビスパ福岡U-18監督を務めている。
【卒業後のキャリアの総評】
高校卒業後の2004年に加入したアビスパ福岡では、ルーキーイヤーから中盤およびサイドの主力として定着し、2005年のJ1昇格の原動力となった。同年にはU-20日本代表としてFIFAワールドユース選手権に出場し、世界相手にも力強いプレーを披露した。
2009年に移籍したFC東京ではナビスコカップ制覇や天皇杯制覇に貢献し、強烈なミドルシュートと献身的な守備でサポーターに愛された。度重なる大怪我を乗り越えながら、大宮、福岡、地元長崎と渡り歩き、プロ生活16年間でJリーグ通算340試合以上に出場した。引退後は福岡のアカデミーで監督として後進の育成に力を注いでいる。


























