片桐淳至(岐阜工 岐阜県)高校サッカーヒーロー列伝
寸評
卓越したボールコントロールとしなやかな身のこなし、そしてペナルティエリア内での抜群の決定力を武器に、高校サッカー界を席巻したストライカー。岐阜県岐阜市出身で、岐阜市立島中学校を経て名門・岐阜工業高校へ進学すると、高校サッカー界屈指の点取り屋へと成長を遂げた。
最上級生として迎えた2001年度の第80回全国高校サッカー選手権大会では、大会を通じて6得点4アシストと圧巻のパフォーマンスを披露。3回戦で前年度優勝の市立船橋をPK戦の末に破るなど快進撃を牽引し、岐阜工を全国準優勝へと導くとともに、国見の柴崎晃誠と並んで大会得点王を獲得した。同年の高校総体(インターハイ)でも準々決勝でハットトリックを記録してチームを全国3位へと押し上げるなど、主エースとして強烈な輝きを放った。
高校卒業後の2002年に名古屋グランパスエイトへ加入。その後、アルゼンチンのCAロサリオ・セントラルなどへの海外留学を経て、2006年に当時東海社会人リーグ所属だった地元・FC岐阜へ移籍。JFL昇格、さらにはJ2昇格の立役者として中心選手となり、サポーターから絶大な支持を集めた。その後はヴァンフォーレ甲府やMIOびわこ滋賀などでプレーを続け、卓越した技術と得点感覚で多くのファンを魅了した。
所属
岐阜県立岐阜工業高等学校(岐阜県)
生年月日
1983年8月1日
サイズ(身長・体重)
177cm / 68kg
ポジション
FW(フォワード)
出身チーム
- 3種(中学校/ジュニアユース):岐阜市立島中学校
- 4種(小学校/少年団/ジュニア):要確認
出場大会
高校サッカー選手権(全国高等学校サッカー選手権大会)
- 1年時(1999年度・第78回大会):1回戦敗退。1回戦で国見(長崎)に0-3で敗戦(ベンチ入り等の出場状況詳細は要確認)。
- 2年時(2000年度・第79回大会):県予選敗退(岐阜県代表は各務原)。
- 3年時(2001年度・第80回大会):全国準優勝。1回戦の初芝橋本(和歌山)戦に3-0、2回戦の境(鳥取)戦に3-0、3回戦の市立船橋(千葉)戦に2-2(PK7-6)、準々決勝の前橋商(群馬)戦に4-1、準決勝の前橋育英(群馬)戦に2-1と勝利し決勝へ進出。決勝(2002年1月8日/国立霞ヶ丘陸上競技場)で国見(長崎)に1-3で敗れて準優勝。
- 個人表彰:第80回大会得点王(6得点/国見・柴崎晃誠と同時受賞)。
高校総体(インターハイ)
- 1年時(1999年):確認できた出場記録なし。
- 2年時(2000年):確認できた出場記録なし。
- 3年時(2001年):全国3位。2回戦の水戸商(茨城)戦に1-0、3回戦の富山第一(富山)戦に1-0、準々決勝の韮崎(山梨)戦に3-1(片桐がハットトリック)で勝利し、準決勝で市立船橋(千葉)に0-2で敗れて全国ベスト4進出。
- 個人表彰:確認できた記録なし。
全日本ユース(高円宮杯)
- 1年時(1999年)〜3年時(2001年):岐阜工業高校の出場/上位進出記録は確認できず。
国民体育大会(国体)
- 1年時(1999年)〜3年時(2001年):岐阜県選抜としての出場状況詳細は要確認。
代表歴
高校時代の代表/選抜歴:2002年日本高校選抜、2002年U-19日本代表候補。
【高校時代の代表歴について】
高校3年時の選手権準優勝と得点王の実績が高く評価され、高校卒業直後の2002年春には日本高校選抜のメンバーとしてヨーロッパ遠征などに選出された。
また、プロ入り直後の2002年にはU-19日本代表候補にも名を連ねるなど、世代屈指のストライカーとして同年代トップレベルの強化合宿・選抜活動を経験した。
卒業後の進路
プロ・社会人
- 名古屋グランパスエイト(2002年〜2005年)
- CAロサリオ・セントラル(2004年・期限付き移籍 / アルゼンチン)
- キルメスAC(2004年・期限付き移籍 / アルゼンチン)
- FCホリコシ(2005年・期限付き移籍)
- FC岐阜(2006年〜2009年)
- ヴァンフォーレ甲府(2009年〜2012年)
- MIOびわこ滋賀(2013年)
- FC.Bombonera(2020年〜2022年)
- 東濃old boys
- 国内リーグ戦通算成績:213試合57得点(J1:46試合2得点、J2:105試合19得点、JFL:55試合35得点、地域リーグ等除く)
- タイトル:東海社会人サッカーリーグ1部優勝(2006年、FC岐阜)、J2リーグ優勝(2012年、ヴァンフォーレ甲府)
日本代表(国際Aマッチ)
国際Aマッチ出場なし。
引退後の活動・指導歴・役職
引退後はビジネスや地域スポーツ振興に携わり、FC.Bomboneraでは選手兼強化部長を務めるなどクラブ強化に尽力した。
【卒業後のキャリアの総評】
2002年に鳴り物入りで名古屋グランパスエイトに入団した片桐は、若手時代にアルゼンチンのロサリオ・セントラルやキルメスへの武者修行を経験。南米の激しい環境でストライカーとしての駆け引きや個の打開力を磨いた。
その後、2006年に当時地域リーグだった地元・FC岐阜へ移籍すると、その類まれな得点感覚を遺憾なく発揮。エースとしてゴールを量産し、東海リーグからJFL、そしてJ2へと駆け上がったクラブの創成期を牽引する絶対的なヒーローとなった。
2009年途中からはヴァンフォーレ甲府へ移籍し、J1昇格や2012年のJ2優勝に貢献。その後はJFLのMIOびわこ滋賀や地域リーグの舞台で戦い続け、晩年までピッチ上でサッカーへの情熱を体現し続けた。



















