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濁沢 一仁(東海大一高校 静岡県)高校サッカーヒーロー列伝
総評
どっしりとした強靭なフィジカルとゴール前での鋭い嗅覚を武器に、名門・東海大一高校(現・東海大翔洋高)の攻撃陣を前線で支えた重量級ストライカー。澤登正朗や平澤政輝、吉田康弘ら錚々たるタレントが集う昭和末期のチームにおいて、FWとして存在感を発揮した。
高校2年時の1987年度・第66回全国高校選手権では、静岡県予選決勝で国体選抜を多数擁する清水商業高校を破って全国大会へ出場。聖地・国立競技場で行われた国見高校との決勝戦まで勝ち進み、全国準優勝の栄冠に貢献した。
高校卒業後は名門・ヤンマーディーゼル(現・セレッソ大阪)へ加入。JSL時代からジャパンフットボールリーグ(旧JFL)でのJリーグ昇格争い、そして1995年の鳥栖フューチャーズへの移籍まで実業団・プロの黎明期を最前線で戦い抜いた。
所属チーム
東海大学第一高等学校(現・東海大学付属静岡翔洋高等学校)
生年月日
1970年5月14日(※5月15日表記あり)
サイズ(身長・体重)
168cm / 70kg
ポジション
FW
出身チーム
- 3種:未確認/記録なし(大阪府出身)
- 4種:未確認/記録なし(大阪府出身)
出場大会
高校
高校サッカー選手権
- 1年時(1986年度・第65回):静岡県予選 優勝、全国大会 優勝(初出場初制覇)(※自身はベンチ外・出場なし)
- 2年時(1987年度・第66回):静岡県予選 優勝、全国大会 準優勝(登録メンバー入り)
- 3年時(1988年度・第67回):静岡県予選 準優勝(全国大会不出場)
高校総体
- 1年時(1986年度・山口総体):静岡県予選 敗退(全国大会不出場)
- 2年時(1987年度・北海道総体):静岡県予選 敗退(全国大会不出場)
- 3年時(1988年度・山形総体):静岡県予選 敗退(全国大会不出場)
全日本ユース(高円宮杯)
- 1年時(1986年度):該当なし(※大会創設前)
- 2年時(1987年度):該当なし(※大会創設前)
- 3年時(1988年度):該当なし(※大会創設前)
国民体育大会(国体)
- 1年時(1986年・かいじ山梨国体):該当なし(未選出・不出場)
- 2年時(1987年・海邦沖縄国体):記録なし/未確認
- 3年時(1988年・京都国体):記録なし/未確認
代表歴
高校時代の代表・選抜歴
- 世代別日本代表:記録なし/未確認
- 日本高校選抜:該当なし
- 都道府県選抜:記録なし/未確認
- Jリーグ選抜:該当なし
高校時代の代表歴について
大阪府から静岡の強豪・東海大一高校へ進学し、全国トップレベルの競争の中でFWとして成長。同期や前後の学年には澤登正朗や平澤政輝、吉田康弘ら錚々たるスター選手が揃う中、チームの攻撃陣を支えた。
高校2年時の第66回全国高校サッカー選手権では激戦の静岡県大会を制して全国大会に登録され、国立の決勝進出(準優勝)を経験した。
卒業後の進路
大学
該当なし(高卒でヤンマーディーゼルへ加入)
プロ・社会人
- ヤンマーディーゼル / セレッソ大阪(JSL1部 / 旧JFL / Jリーグ / 1989年 – 1995年 / 1994年旧JFL優勝・J1昇格)
- 鳥栖フューチャーズ(旧JFL / 1995年 / 期限付き移籍)
日本代表
該当なし
卒業後のキャリアの総評
高校卒業後の1989年、日本サッカーリーグ(JSL)1部の名門・ヤンマーディーゼルサッカー部に入部。釜本邦茂らを輩出した伝統あるクラブでFWとして研鑽を積んだ。
Jリーグ開幕を控えた1994年には、ヤンマーを母体に誕生したセレッソ大阪の創設メンバーとして旧JFL優勝およびJ1昇格に貢献。1995年7月には当時JFLに所属していた鳥栖フューチャーズへ期限付き移籍し、現役を退いた。


















