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磯貝 洋光(帝京高校 東京都)高校サッカーヒーロー列伝
総評
広い視野から繰り出す正確無比のラストパス、相手の裏を突く変幻自在のゲームメイク、そして力強くしなやかなボールキープで「日本のファンタジスタ」と称賛された不世出の天才司令塔。名門・帝京高校の黄色と黒のカナリア軍団で1年時から主軸を担い、攻撃の中心として君臨した。
高校2年時にはインターハイ全国準優勝、東京都選抜として山梨国体全国優勝を達成。主将・背番号10を背負った3年時の1987年度にもインターハイで2年連続となる全国準優勝へと導き、高校サッカー界のスターとして絶大な注目を浴びた。
東海大学を経て1992年にガンバ大阪へ加入後は、Jリーグ開幕期を象徴する初代キャプテン・背番号10として1995年Jリーグベストイレブン選出、日本代表(A代表)選出など華々しい活躍を披露。ピッチをキャンバスに変えた天才の原点は、帝京高校での研ぎ澄まされた日々にある。
所属チーム
帝京高等学校
生年月日
1969年4月19日
サイズ(身長・体重)
178cm / 76kg
ポジション
MF / FW
出身チーム
- 3種:熊本県竜北町立竜北中学校サッカー部(現・氷川町立竜北中学校 / 熊本県)
- 4種:熊本県小川町立河江小学校(現・宇城市立河江小学校 / 熊本県)
出場大会
高校
高校サッカー選手権
- 1年時(1985年度・第64回):東京都予選 優勝、全国大会 ベスト8(準々決勝敗退)
- 2年時(1986年度・第65回):東京都予選 優勝、全国大会 3回戦敗退(ベスト16)
- 3年時(1987年度・第66回):主将・10番として東京都予選 優勝、全国大会 ベスト8(準々決勝敗退・大会優秀選手選出)
高校総体
- 1年時(1985年度・石川総体):東京都予選 敗退(全国大会不出場)
- 2年時(1986年度・山口総体):東京都予選 優勝、全国大会 準優勝
- 3年時(1987年度・北海道総体):主将として東京都予選 優勝、全国大会 準優勝
全日本ユース(高円宮杯)
- ※在学期間中は大会創設前(第1回大会は1989年度)のため未開催・該当なし
国民体育大会(国体)
- 1年時(1985年・鳥取国体):記録なし/未確認
- 2年時(1986年・山梨国体):東京都選抜として出場・優勝
- 3年時(1987年・沖縄国体):記録なし/未確認
代表歴
高校時代の代表・選抜歴
- 世代別日本代表:U-17 / U-18 / U-19日本代表(1985年 – 1987年)
- 日本高校選抜:1988年選出(欧州遠征参加)
- 都道府県選抜:東京都選抜(1986年 国民体育大会少年男子の部 優勝)
- Jリーグ選抜:該当なし
高校時代の代表歴について
中学時代からその類まれなテクニックと広い視野で全国に名を轟かせ、熊本から名門・帝京高校へ越境入学。1年生時から強豪・帝京の主軸として選手権全国大会のピッチに立ち、高校2年・3年時にはユース日本代表の不動の司令塔としてアジアや世界を舞台に活躍した。
高校2年時には東京都選抜の中心として山梨国体少年男子の部で全国制覇を達成。3年時には帝京の主将・10番としてインターハイ準優勝に導き、大会終了後には日本高校選抜のエースとして欧州遠征に参加。「天才」「ファンタジスタ」と称賛され、高校年代のトッププレーヤーとして日本サッカー界の未来を背負う存在となった。
卒業後の進路
大学
東海大学(中退)
プロ
- ガンバ大阪(1992年 – 1996年)
- 浦和レッズ(1997年 – 1998年)
日本代表
サッカー日本代表(A代表)(1995年 / 国際Aマッチ2試合0得点)、バルセロナ五輪予選代表(1991年 – 1992年)、ユニバーシアード日本代表(1991年)
卒業後のキャリアの総評
東海大学在学中からバルセロナ五輪代表の中心として活躍し、大学中退後の1992年にガンバ大阪へ加入。1993年のJリーグ開幕時にはチームの初代主将を務め、卓越した戦術眼、変幻自在のスルーパス、そして強烈なフリーキックで「天才・磯貝」として全国のサッカーファンを熱狂させた。
1995年にはJリーグベストイレブンに輝き、日本代表(A代表)としてキング・ファハド・カップ(後のコンフェデレーションズカップ)に出場。ラモス瑠偉の後継者として大きな期待を背負った。
1997年に浦和レッズへ移籍後、1998年に29歳の若さで惜しまれつつ現役を引退。引退後は異例のプロゴルファー転向を果たし、ツアー参戦やメディア出演、サッカースクールの指導など自由奔放なカリスマ性で話題を集め続けている。

















