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小野 伸二(清水商業高校)高校サッカーヒーロー列伝

小野伸二_清水商

小野 伸二(清水商業高校 静岡県)

総評

「ボールと会話できる」「日本の至宝」と称賛され、日本サッカー史上に燦然と輝く不世出の天才ファンタジスタ。両足から放たれる長短自在の糸を引くようなパス(後のエンジェルパス)、柔らかく繊細極まりないトラップ技術、異次元の戦術眼とイマジネーションで高校サッカー界に絶大な衝撃を与えた。

名門・清水商業高校では1年時に背番号「14」を背負って高円宮杯全日本ユース選手権で全国優勝(同校3連覇)に貢献し、2年時からは清商伝統のエースナンバー「8番」を継承。2年時の1996年にはインターハイ全国制覇、国体少年の部では3連覇を達成した。

超激戦区・静岡の壁に阻まれ高校選手権の全国舞台を踏むことは叶わなかったものの、その規格外の才能は高校生の枠を完全に超越。高校3年時には13クラブによる争奪戦が巻き起こり、卒業直後の1998年フランスW杯に日本代表史上最年少で出場を果たす伝説の原点となった。

所属チーム

静岡市立清水商業高等学校(現・静岡市立清水桜が丘高等学校)

生年月日

1979年9月27日

サイズ(身長・体重)

175cm / 74kg

ポジション

MF

出身チーム

  • 3種:沼津市立今沢中学校サッカー部
  • 4種:今沢サッカースポーツ少年団(沼津市立今沢小学校)

出場大会

高校

高校サッカー選手権
  • 1年時(1995年度・第74回):静岡県予選 準優勝(決勝で静岡学園に敗退)
  • 2年時(1996年度・第75回):静岡県予選 準優勝(決勝で静岡学園に敗退)
  • 3年時(1997年度・第76回):静岡県予選 準決勝敗退(準決勝で藤枝東に敗退)
高校総体
  • 1年時(1995年度・鳥取総体):静岡県予選 優勝、全国大会 ベスト16
  • 2年時(1996年度・山梨総体):静岡県予選 優勝、全国大会 優勝(名門・清水商の中心選手として全国制覇達成)
  • 3年時(1997年度・京都総体):静岡県予選 優勝、全国大会 準優勝(決勝で前橋育英に惜敗)
リーグ戦(全日本ユース等)
  • 1年時(1995年・第6回大会):東海地区予選 突破、全国大会 優勝(決勝で横浜マリノスユースを下し大会3連覇達成)
  • 2年時(1996年・第7回大会):東海地区予選 突破、全国大会 ベスト4(準決勝敗退)
  • 3年時(1997年・第8回大会):東海地区予選 突破、全国大会 準優勝(決勝で東福岡高校に惜敗)




代表歴

高校時代の代表・選抜歴

  • 世代別日本代表:U-16日本代表(1994年AFC U-16選手権優勝・MVP)、U-17日本代表(1995年U-17世界選手権出場)、U-18/U-19/U-20日本代表(1996〜1997年AFCユース選手権準優勝等)
  • 都道府県選抜:静岡県選抜(1995年・1996年・1997年 国民体育大会少年男子の部 3連覇)
  • 日本高校選抜:1997年選出(高校2年時・欧州遠征参加)
  • Jリーグ選抜:該当なし

高校時代の代表歴について

中学時代から13歳でU-16日本代表に抜擢され、1994年AFC U-16選手権で優勝・大会MVPを獲得。清水商進学後も高校1年時に1995年FIFA U-17世界選手権に出場し、世界を舞台にその名を轟かせた。各年代の日本代表で常に中心・飛び級として招集され、高校2年・3年時にはU-19日本代表としてアジア予選を突破し、後のワールドユース準優勝(黄金世代)の骨格を築いた。高校選抜としても欧州遠征で高い評価を受け、静岡県選抜では国体3連覇を達成。高校サッカー選手権の全国出場こそ逃したものの、年代別代表での圧倒的なパフォーマンスによって高校生年代で日本最高峰の評価を確立し、卒業直前の1998年4月には18歳でフル代表デビュー、同年のフランスW杯メンバー選出へと駆け上がった。

卒業後の進路

大学

該当なし(高卒でプロ入り)

プロ

  • 浦和レッズ(1998年 – 2001年、2006年 – 2007年)
  • フェイエノールト[オランダ](2001年 – 2005年)
  • VfLボーフム[ドイツ](2008年 – 2010年)
  • 清水エスパルス(2010年 – 2012年)
  • ウェスタン・シドニー・ワンダラーズ[オーストラリア](2012年 – 2014年)
  • 北海道コンサドーレ札幌(2014年 – 2019年、2021年 – 2023年現役引退)
  • FC琉球(2019年 – 2020年)

日本代表

サッカー日本代表(A代表)(1998年 – 2008年 / 国際Aマッチ56試合6得点、FIFAワールドカップ1998・2002・2006年大会出場)

卒業後のキャリアの総評

1998年に浦和レッズへ入団し、高卒1年目から主力として新人王とベストイレブンをダブル受賞。同年のフランスW杯には日本代表史上最年少の18歳で出場を果たした。1999年のFIFAワールドユース選手権では主将としてチームを牽引し、世界準優勝(黄金世代)の快挙を成し遂げた。

2001年にオランダの名門フェイエノールトへ完全移籍。中盤の要として2001-02シーズンのUEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)優勝という日本サッカー史に残る世界的偉業を達成し、2002年アジア年間最優秀選手賞に輝いた。日韓W杯、ドイツW杯にも出場し、その後ドイツ・ボーフムや豪州ウェスタン・シドニーでも世界レベルの技を披露した。

キャリア後半は清水エスパルス、FC琉球、北海道コンサドーレ札幌でプレーし、卓越したテクニックで多くのファンを魅了。FIFA世界大会とUEFAクラブ国際大会の全てに出場した唯一の日本人選手として、44歳を迎えた2023年に惜しまれつつ現役を引退。引退後も日本サッカー界の象徴として幅広く活躍を続けている。