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アデミール・サントス(東海大一高校 静岡県)高校サッカーヒーロー列伝
総評
ブラジル仕込みの変幻自在なテクニックと、高校サッカー史に燦然と輝く「伝説のバナナシュート(直接フリーキック)」で全国を熱狂させたパイオニア。鋭いドリブル突破と左足から放たれる強烈無比かつ美しいカーブキックを武器に、東海大一高校に黄金時代をもたらした。
ブラジルから来日・編入後、1年時・2年時と激戦区・静岡県予選決勝で惜敗が続いたが、3年時の1986年度・第65回全国高校選手権で悲願の全国初出場を達成。全試合で卓越した個人技と決定力を発揮し、決勝の国見高校戦では約30mの直接FKを豪快に曲げて叩き込み、東海大一を史上初となる「選手権初出場・初優勝」の頂点へと導いた。
高校選抜の欧州遠征でも活躍し、卒業後はヤマハ発動機や清水エスパルスの創成期を牽引。後に日本国籍を取得して「三渡洲アデミール」と改名し、日本サッカーに南米の技術と文化を伝えた不朽のレジェンドである。
所属チーム
東海大学第一高等学校(現・東海大学付属静岡翔洋高等学校)
生年月日
1968年3月28日
サイズ(身長・体重)
172cm / 68kg
ポジション
MF / FW
出身チーム
- 3種:マリーリアAC ジュニアユース / ECバイーア ユース(ブラジル・バイーア州)
- 4種:ブラジル現地少年クラブ(ブラジル・バイーア州)
出場大会
高校
高校サッカー選手権
- 1年時(1984年度・第63回):静岡県予選 準優勝(決勝で藤枝東に惜敗)
- 2年時(1985年度・第64回):静岡県予選 準優勝(決勝で清水商にPK惜敗)
- 3年時(1986年度・第65回):静岡県予選 優勝、全国大会 優勝(初出場初優勝、大会優秀選手選出)
高校総体
- 1年時(1984年度・秋田総体):静岡県予選 準優勝
- 2年時(1985年度・石川総体):静岡県予選 準優勝
- 3年時(1986年度・山口総体):静岡県予選 優勝、全国大会 ベスト4
リーグ戦(全日本ユース等)
- 1年時(1984年度):該当なし(※大会創設前)
- 2年時(1985年度):該当なし(※大会創設前)
- 3年時(1986年度):該当なし(※大会創設前)
代表歴
高校時代の代表・選抜歴
- 世代別日本代表:該当なし(※当時ブラジル国籍)
- 日本高校選抜:1987年選出(第65回選手権優秀選手・欧州遠征参加)
- 都道府県選抜:静岡県選抜(1985年・1986年 国民体育大会少年男子の部 出場)
- Jリーグ選抜:該当なし
高校時代の代表歴について
ブラジルからの留学生として東海大一高校に編入後、静岡の高校サッカー界に本場南米のしなやかなテクニックと世界水準の個人技をもたらした。当時ブラジル国籍のため世代別日本代表への選出資格はなかったものの、高校3年時に第65回全国高校サッカー選手権で東海大一を初出場初優勝へ導き、大会優秀選手に選出された。
選手権終了後には日本高校選抜の主軸として選出され、欧州遠征(デュッセルドルフ国際ユース大会等)に参加。ヨーロッパの強豪クラブユースを相手にも左足から放つ高精度のプレースキックと突破力で強烈なインパクトを残した。国体でも静岡県選抜の一員として躍動し、高校年代を代表するスーパースターとして全国に名を轟かせた。
卒業後の進路
大学
該当なし(高卒でJSL入り)
プロ
- ヤマハ発動機サッカー部(1987年 – 1991年 / 1987-88年JSL1部初優勝)
- 清水エスパルス(1992年 – 1996年 / 1992年・1993年ナビスコカップ準優勝)
日本代表
該当なし(※1995年に日本国籍取得・三渡洲アデミールへ改名)
卒業後のキャリアの総評
高校卒業後の1987年にJSL1部のヤマハ発動機(現・ジュビロ磐田)へ加入。加入初年度の1987-88年シーズンには左ウイングとしてヤマハの日本サッカーリーグ初優勝に大きく貢献した。
1992年のJリーグ開幕を前に、地元静岡に誕生した新クラブ・清水エスパルスの創設メンバーとして移籍。卓越した左足のキックと技術で初期エスパルスを支え、1992年・1993年のナビスコカップ2年連続準優勝などに貢献した。
1995年には日本国籍を取得して登録名を「三渡洲アデミール」へ改名。度重なる怪我のため1996年に現役を引退した後は、静岡県を中心にサッカースクールを主宰してジュニア世代の指導に尽力。日本サッカーの技術向上に生涯を捧げる指導者として活躍を続けている。
















