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大久保裕樹(市立船橋)高校サッカーヒーロー列伝

大久保裕樹_市立船橋

大久保裕樹(市立船橋 千葉県)高校サッカーヒーロー列伝

寸評

市立船橋高校の堅守を象徴する屈強な体躯と冷静な状況判断力、そして卓越したキャプテンシーを備えたディフェンダー。1984年4月17日、千葉県市原市に生まれ、名門・市立船橋高校へ進学。同期には青木良太、小宮山尊信、小川佳純、原一樹、1学年下には増嶋竜也、カレン・ロバートら錚々たるタレントが揃う黄金世代の中で守備の要としてチームを牽引した。

3年時の第81回全国高校サッカー選手権大会(2002年度)ではキャプテンとして背番号5を背負い出場。強固なディフェンス陣を統率して初戦の一条戦から那覇西、盛岡商、野洲、滝川第二を撃破した。国立霞ヶ丘陸上競技場で行われた決勝では、平山相太を擁し3連覇を狙う国見を1-0で完封し、市立船橋を3年ぶり4度目の全国制覇へと導いた。布啓一郎監督の勇退を有終の美で飾るとともに、自身も大会優秀選手に輝いている。

高校卒業後の2003年にJ2のサンフレッチェ広島へ加入。その後は京都パープルサンガ、栃木SC、徳島ヴォルティス、松本山雅FC、ジェフユナイテッド市原・千葉を渡り歩き、サイドバックおよびセンターバックとしてJリーグ通算200試合13得点を記録した。引退後は千葉のスカウトやテクニカルダイレクターを務めるなど、クラブ強化の第一線で手腕を発揮している。

所属

船橋市立船橋高等学校(千葉県)

生年月日

1984年4月17日

サイズ(身長・体重)

177cm / 74kg

ポジション

DF(センターバック・サイドバック)

出身チーム

  • 3種(中学校/ジュニアユース):要確認(千葉県市原市出身)
  • 4種(小学校/少年団/ジュニア):要確認

出場大会

高校サッカー選手権(全国高等学校サッカー選手権大会)
  • 1年時(2000年度・第79回大会):登録・ベンチ入り等の詳細は要確認(チームは千葉県予選敗退)。
  • 2年時(2001年度・第80回大会):千葉県予選準決勝で習志野に敗れ本大会出場を逃す。
  • 3年時(2002年度・第81回大会):全国優勝。主将・背番号5として全6試合に先発出場。1回戦の一条戦に6-1(千葉県総合運動場陸上競技場)、2回戦の那覇西戦に2-0(千葉県総合運動場陸上競技場)、3回戦の盛岡商戦に4-0(千葉県総合運動場陸上競技場)、準々決勝の野洲戦に1-0(駒沢陸上競技場)、準決勝の滝川第二戦に2-0(国立霞ヶ丘陸上競技場)と勝ち上がり、決勝(2003年1月13日/国立霞ヶ丘陸上競技場)で国見を1-0で破り全国制覇を達成。
  • 個人表彰:大会優秀選手
高校総体(インターハイ)
  • 1年時(2000年):確認できた出場記録なし
  • 2年時(2001年):確認できた出場記録なし
  • 3年時(2002年):千葉県予選敗退により本大会出場を逃す(この年の千葉県代表は八千代と習志野)。
  • 個人表彰:なし
全日本ユース(高円宮杯)
  • 1年時(2000年・第11回大会):確認できた出場記録なし
  • 2年時(2001年・第12回大会):確認できた出場記録なし
  • 3年時(2002年・第13回大会):出場。決勝トーナメント準決勝に進出し、国見と対戦してPK戦の末に敗れベスト4。
  • 個人表彰:なし
国民体育大会(国体)
  • 1年時(2000年):確認できた出場記録なし
  • 2年時(2001年):確認できた出場記録なし
  • 3年時(2002年・第57回よさこい高知国体):千葉県選抜(少年の部)として出場。関東ブロック予選を突破し本大会へ進出。
  • 個人表彰:なし

代表歴

高校時代の代表・選抜歴:2002年 U-18日本代表、2002年 日本高校選抜候補、2002年 千葉県選抜(国体少年の部)

【高校時代の代表歴について】

大久保は高校3年時の2002年に頭角を現し、U-18日本代表に選出された。市立船橋の最終ラインで見せる屈強なフィジカルと対人能力の高さが高く評価され、年代別のトップタレントとしてのキャリアを歩み始めた。

選手権での全国制覇および大会優秀選手選出を経て日本高校選抜の選考合宿にも招集され、高校卒業後の2003年にはU-19・U-20日本代表にも名を連ねるなど、同世代屈指のディフェンダーとして将来を大いに期待されていた。

卒業後の進路

プロ・社会人

  • サンフレッチェ広島(2003年〜2005年):2003年入団。J1通算1試合0得点。
  • 京都パープルサンガ/京都サンガF.C.(2005年〜2008年):2005年に期限付き移籍、2006年に完全移籍。J2優勝・J1昇格を経験。
  • 栃木SC(2009年〜2011年):センターバックの主軸として活躍し副主将も務めた。J2通算88試合6得点。
  • 徳島ヴォルティス(2012年〜2013年):2013年にJ1昇格プレーオフを制してJ1昇格に貢献。
  • 松本山雅FC(2014年〜2015年):2014年に3バックの中央に定着しクラブ初のJ1昇格に貢献。
  • ジェフユナイテッド市原・千葉(2016年〜2017年):地元千葉へ完全移籍。2017年にJリーグ通算200試合出場を達成し現役引退。
  • 通算成績:J1リーグ43試合2得点、J2リーグ157試合11得点(Jリーグ通算200試合13得点)、リーグカップ7試合0得点、天皇杯16試合0得点。
  • タイトル:J2リーグ優勝(2005年、京都パープルサンガ)
  • 個人表彰:なし

日本代表(国際Aマッチ)

国際Aマッチ出場なし(年代別日本代表:U-18、U-19、U-20代表)

引退後の活動・指導歴・役職

2018年よりジェフユナイテッド市原・千葉の強化・スカウト担当を務め、2026年より同クラブのテクニカルダイレクターに就任。

【卒業後のキャリアの総評】

2003年に加入したサンフレッチェ広島では出場機会に恵まれなかったものの、2005年に移籍した京都パープルサンガで頭角を現し、J2優勝とJ1昇格に貢献。その後、2009年に加入した栃木SCではセンターバックの絶対的主軸として守備陣を統率し、副主将としてもチームを支えた。

徳島ヴォルティス、松本山雅FCではいずれもクラブの悲願であるJ1昇格の瞬間にピッチ内外で貢献。2016年からは生まれ故郷のクラブであるジェフユナイテッド市原・千葉へ移籍し、経験豊富なベテランとしてチームを引き締め、2017年にJリーグ通算200試合出場を達成して現役を退いた。

プロ生活15年間で6クラブを渡り歩き、泥臭く身体を張り続けるセンターバックとして多くの指揮官から絶大な信頼を集めた。引退後もジェフユナイテッド千葉のスカウトおよびテクニカルダイレクターとしてクラブ強化を支え続けている。

市立船橋(ヒーロー列伝)