東海大学付属静岡翔洋高校(静岡県)
目次
学校・クラブ発足とサッカー部の歴史
学校・サッカー部の設立について
東海大学付属静岡翔洋高等学校は、1968年(昭和43年)に東海大学の付属校「東海大学第一高等学校」として静岡市に設立され、1999年に東海大学工業高等学校と統合して東海大学付属翔洋高等学校となり、2015年に現在の校名へと改称された私立高等学校です。静岡市清水区折戸の三保半島に広大なキャンパスを構え、建学の精神に「若き日に汝の希望を星につなげ」「思想を培え」「体躯を養え」を掲げ、学問とスポーツの調和が取れた豊かな人間性の育成に努めています。現在は中高一貫教育を推進し、東海大学をはじめとする全国の大学への進学実績を重ねています。
サッカー部は1968年の学校創立とともに創部されました。「東海大一」の通称で広く親しまれ、創部以来の伝統を現代に受け継ぎながら、校内人工芝グラウンドをはじめとする充実した専用施設で日々質の高いトレーニングを重ねています。中等部サッカー部も全国中学校サッカー大会で最多8回の優勝を誇るなど、中高一貫での卓越した育成パイプラインを確立し、静岡のみならず日本のサッカー界を牽引し続ける伝統校としての基盤を強固に築いています。
創部・設立の経緯
東海大一高サッカー部が全国の頂点へと上り詰めた最大の契機は、名将・望月保次監督の就任と、当時としては革新的だったブラジル流テクニカルサッカーの導入でした。激戦区・静岡において清水東や清水商業、藤枝東といった伝統校が鎬を削る中、望月監督は徹底したボールコントロール技術と自由な発想を重視。1980年代前半にブラジル人留学生のアデミール・サントス(三渡洲アデミール)を迎え入れると、その高度な個人技と正確なパスワークは高校サッカー界に大きな衝撃を与えました。
1986年度(第65回大会)に全国高校サッカー選手権大会へ初出場を果たすと、黄色と黒のストライプが鮮烈な「タイガー軍団」旋風を巻き起こし、史上稀に見る初出場・初優勝の快挙を達成。サントスの放つ驚異的なカーブを描くフリーキックは「バナナシュート」と呼ばれ社会現象となりました。続く1987年度(第66回)も澤登正朗や平澤政輝らを擁して2年連続で決勝へ進出し全国準優勝。卓越したテクニックで相手を翻弄する独自のプレースタイルは、日本サッカーの技術至上主義を切り拓く不滅の金字塔となりました。
全国大会等の成績について
東海大一高(現・東海大静岡翔洋高)サッカー部は、冬の全国高校サッカー選手権大会において初出場初優勝を含む優勝1回・準優勝1回を誇り、夏の全国高校総体(インターハイ)でも全国準優勝を達成した輝かしい実績を持つ静岡屈指の名門です。
選手権の歴史において、最大のハイライトとなったのが1986年度(第65回大会)です。激戦の静岡県予選を初めて突破して念願の全国大会初出場を果たすと、大嶽直人やアデミール・サントスらを擁する洗練されたブラジル流サッカーでトーナメントを快進撃。準決勝で秋田商業を撃破し、決勝では名将・小嶺忠敏監督率いる長崎の国見高校と激突しました。サントスの鮮烈な直接フリーキックなどで2-0の完封勝利を収め、大会史上極めて稀な「初出場・初優勝」という不滅の金字塔を打ち立てました。続く1987年度(第66回大会)も主将の澤登正朗や得点王に輝いた平澤政輝らが躍動し、2年連続で全国決勝進出を果たしました。決勝では前年の雪辱を期す国見高校に0-1で惜敗したものの、堂々の全国準優勝を記録。全国大会出場2回で優勝1回・準優勝1回、勝率9割超という驚異的な強さと勝負強さを見せつけ、高校サッカー界に「東海大一」の名を永遠に刻みました。
夏の全国高校総体(インターハイ)においても全国の頂点争いを演じています。地元・静岡県で開催された1991年の第26回大会において、服部年宏や白井博幸、伊東輝悦らを擁してトーナメントを勝ち上がり、堂々の全国決勝進出を達成。決勝戦では同じ静岡のライバルである清水東高校との激闘を演じ、延長戦の末に1-2で惜敗したものの、堂々の全国準優勝を成し遂げました。
さらに、秋の全日本ユース選手権においても、1990年の記念すべき第1回大会で森島寛晃らを擁して全国準優勝を飾るなど、高校年代の主要タイトルで常に全国トップクラスの成績を残しました。現在は高円宮杯 JFA U-18サッカープリンスリーグ東海に所属し、名門復活と全国の舞台への帰還を目指して熱戦を繰り広げています。
強化の結果
東海大一高(現・東海大静岡翔洋高)が幾多の日本代表やJリーグスター選手を継続的に輩出し続けてきた背景には、個のテクニックを極限まで磨き上げる指導哲学と、東海大学グループのスケールメリットを活かした卓越した育成環境があります。「ボールを自在に扱えなければサッカーは始まらない」という揺るぎない信念のもと、選手個々の足元の技術、状況判断力、イマジネーションを徹底的に育む指導体制を半世紀にわたり継承してきました。
第一の強みは、全国中学王者として名高い中等部サッカー部との完全な中高一貫指導体制です。全国中学校サッカー大会で最多8回の優勝を誇る中等部から高校へとシームレスに選手が昇格し、一貫した戦術眼と高い技術を6年間かけて体系的に研鑽。長年にわたり静岡サッカー界屈指の育成ピッチとして機能し、基礎技術の徹底習得と創造的なプレーの土台を築き上げています。
第二の強みは、プロフェッショナル基準の充実した練習環境と科学的サポートです。三保キャンパス内に夜間照明完備の人工芝サッカーグラウンドを有し、充実したウエイトトレーニング施設やアスリート寮を完備。さらに東海大学のスポーツ医科学研究と連携し、フィジカル測定や栄養指導も積極的に取り入れています。澤登正朗や伊東輝悦、森島寛晃、服部年宏、鈴木啓太といった日本代表の主軸を育て上げた伝統の「技術と情熱」を礎に、現代サッカーに必要なプレッシングやアジリティを融合させ、次世代を担う一流のフットボーラー育成を推し進めています。
監督・コーチ
現監督
太田恒治
太田恒治(おおた・こうじ)は、東海大学第一中学校(現・中等部)および東海大学第一高校(現・高校)出身の指導者であり、東海大学付属静岡翔洋高校サッカー部を率いる現監督です。自身も中高時代に伝統のタイガー軍団の一員としてプレーし、名門の精神とサッカースタイルを骨の髄まで受け継いできた生粋のOBです。
日本体育大学を卒業後、指導者として母校の中等部サッカー部監督に就任。長年にわたり中学生の育成に情熱を注ぎ、全国中学校サッカー大会でチームを優勝へと導くなど、中等部を全国屈指の強豪へと育て上げた名将として名を馳せました。その後、2018年より高校サッカー部の監督に就任しました。
太田監督は、中高一貫指導の利点を最大限に活かし、伝統の卓越した個人技とパスワークに現代的なインテンシティと組織力を融合させたチーム作りを推進。就任後の2020年度には、選手権静岡県予選で東海大一時代以来28年ぶりとなる決勝進出を達成。2024年には県Aリーグを制してプリンスリーグ東海への復帰を果たすなど、古豪復活を着実に成し遂げ、全国の頂点再登頂を目指しています。
歴代監督・名将
- 望月保次(元監督)
1970年代から1991年度まで東海大一高を指揮した不世出の名将。ブラジル人留学生の受け入れや徹底したテクニカルサッカーを導入し、1986年度全国選手権初出場・初優勝、翌1987年度選手権準優勝、1991年総体全国準優勝など黄金期を築き上げた。退任後は清水エスパルス強化部長・取締役を務め、JFA公認S級コーチとして静岡サッカーの発展に尽力した。 - 桜井和好(元中等部顧問・監督)
東海大学第一中学校サッカー部を率いた指導者。サッカー未経験でありながら、世界各国の映像研究や他校指導者への学びを重ねてチームを全国中学校サッカー大会優勝へと導いた名伯楽。中学時代の元日本代表GK・川口能活に「ピーター・シルトンになれ」「常に謙虚であれ」と厳しくも深い愛情を持って指導し、世界へ羽ばたく精神的・技術的土台を築いた大恩師として知られる。 - 賤機徳彦(元中等部監督・高校監督)
静岡高校、筑波大学、全日空でプレー後、東海大一中監督として全国中学校サッカー大会3連覇を達成。その後、東海大翔洋高校サッカー部の監督を務めた。後に神奈川の名門・桐蔭学園高校サッカー部でもコーチ・監督を歴任し、JFA公認S級コーチとして育成年代の強化と人間教育に多大な貢献を果たした。
チームのサッカー
- スローガン・理念:建学の精神に基づく「蹴らずにつなぐ」「闘う技術」。ピッチ上では「技術とインテリジェンスでボールを支配し、局面を自ら打開する」テクニカルフットボールを追求します。
- 基本フォーメーション:伝統の「4-4-2」から、現代的な「4-2-3-1」および「4-3-3」。ピッチをワイドに使い、人とボールが連動してテンポ良く前進する陣形を構築します。
- 戦術的特徴:名将・望月保次監督が築き上げた「蹴らずにつなぐサッカー」が最大のアイデンティティです。卓越した足元の技術とショートパスを軸に、相手のハイプレスを巧みにいなして自陣から緻密にビルドアップ。近年は太田恒治監督のもと、伝統のパスワークに「ボール即時奪回(ゲーゲンプレス)」と「攻守のトランジションの速さ」を融合させ、現代的なインテンシティと華麗なテクニックを両立したトータルフットボールを展開しています。
大会の成績
全国高校サッカー選手権大会
通算2回出場、全国優勝1回(1986)、全国準優勝1回(1987)。1986年度に初出場・初優勝という不滅の金字塔を打ち立て、翌年度も準優勝。県予選準優勝も5回を数え、激戦区静岡の最前線で数々の名勝負を繰り広げてきました。
1970年代〜1990年代(タイガー軍団旋風と激戦の時代)
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1975年度 | 東海大一高校 | 第54回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡工が全国準優勝の激戦区 |
| 1976年度 | 東海大一高校 | 第55回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡学園が全国準優勝 |
| 1977年度 | 東海大一高校 | 第56回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 浜名高校が全国出場 |
| 1978年度 | 東海大一高校 | 第57回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡学園が全国出場 |
| 1979年度 | 東海大一高校 | 第58回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で藤枝東に惜敗 |
| 1980年度 | 東海大一高校 | 第59回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 清水東が全国準優勝 |
| 1981年度 | 東海大一高校 | 第60回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 清水商が全国4強進出 |
| 1982年度 | 東海大一高校 | 第61回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 県決勝で清水東に2-3逆転惜敗 |
| 1983年度 | 東海大一高校 | 第62回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 清水東が全国準優勝 |
| 1984年度 | 東海大一高校 | 第63回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 藤枝東が全国4強進出 |
| 1985年度 | 東海大一高校 | 第64回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 県決勝で清水商に敗退(清商が全国制覇) |
| 1986年度 | 東海大一高校 | 第65回全国高校サッカー選手権大会(初出場) | 全国大会 優勝(初優勝) | 選手権初出場初優勝。決勝で国見を2-0撃破、アデミール・サントス旋風 |
| 1987年度 | 東海大一高校 | 第66回全国高校サッカー選手権大会(2回目) | 全国大会 準優勝 | 2年連続決勝進出。平澤政輝が得点王獲得、澤登正朗らが躍動 |
| 1988年度 | 東海大一高校 | 第67回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 清水商が全国制覇 |
| 1989年度 | 東海大一高校 | 第68回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で清水商に惜敗 |
| 1990年度 | 東海大一高校 | 第69回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 服部年宏、伊東輝悦を擁し県決勝で清水東と0-0(PK戦惜敗) |
| 1991年度 | 東海大一高校 | 第70回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝で藤枝東に惜敗(望月監督最終年度) |
| 1992年度 | 東海大一高校 | 第71回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 伊東輝悦、白井博幸、松原良香を擁し県決勝で静岡学園に0-2 |
| 1993年度 | 東海大一高校 | 第72回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 清水商が全国制覇 |
| 1994年度 | 東海大一高校 | 第73回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝進出、熱戦を展開 |
| 1995年度 | 東海大一高校 | 第74回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 1996年度 | 東海大一高校 | 第75回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 1997年度 | 東海大一高校 | 第76回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝進出 |
| 1998年度 | 東海大一高校 | 第77回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 東海大一高として最後の冬 |
| 1999年度 | 東海大翔洋高校 | 第78回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 校名改称・統合初年度、鈴木啓太らを擁し参戦 |
2000年代〜2020年代(翔洋としての歩みと名門復活へ)
2000年代以降も激戦区静岡の厚い壁に挑み続け、2020年度には太田恒治監督のもとで28年ぶりとなる県決勝進出を達成。近年はプリンスリーグ東海への復帰を果たし、悲願の全国復帰を目指しています。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2000年度 | 東海大翔洋高校 | 第79回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2001年度 | 東海大翔洋高校 | 第80回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2002年度 | 東海大翔洋高校 | 第81回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 2003年度 | 東海大翔洋高校 | 第82回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2004年度 | 東海大翔洋高校 | 第83回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 夏の総体全国出場に続き冬も準決勝進出 |
| 2005年度 | 東海大翔洋高校 | 第84回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2006年度 | 東海大翔洋高校 | 第85回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2007年度 | 東海大翔洋高校 | 第86回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 決勝トーナメント進出 |
| 2008年度 | 東海大翔洋高校 | 第87回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2009年度 | 東海大翔洋高校 | 第88回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 決勝トーナメント進出 |
| 2010年度 | 東海大翔洋高校 | 第89回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2011年度 | 東海大翔洋高校 | 第90回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2012年度 | 東海大翔洋高校 | 第91回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選敗退 | 決勝トーナメント進出 |
| 2013年度 | 東海大翔洋高校 | 第92回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2014年度 | 東海大翔洋高校 | 第93回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2015年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第94回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 校名改称初年度、8強進出 |
| 2016年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第95回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2017年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第96回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2018年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第97回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 太田恒治監督就任、8強進出 |
| 2019年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第98回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2020年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第99回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 東海大一時代以来28年ぶりの県決勝進出、堂々の準優勝 |
| 2021年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第100回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2022年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第101回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2023年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第102回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2024年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第103回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 県Aリーグ優勝と並行して上位進出 |
| 2025年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第104回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 上位進出 | プリンス東海の力を発揮し奮闘 |
| 2026年度 | 東海大静岡翔洋高校 | 第105回全国高校サッカー選手権静岡県予選 | 県予選 参戦中 | 悲願の全国選手権復帰を目指して参戦中 |
全国高校総体(インターハイ)
通算4回出場、全国準優勝1回(1991)。地元静岡開催となった1991年大会において服部年宏や伊東輝悦らを擁して決勝進出を果たし、全国準優勝に輝きました。
1970年代〜1990年代(東海大一時代・夏の激闘)
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1975年 | 東海大一高校 | 昭和50年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 藤枝東が全国準優勝 |
| 1976年 | 東海大一高校 | 昭和51年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 藤枝東が全国準優勝 |
| 1977年 | 東海大一高校 | 昭和52年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 浜名高校が出場 |
| 1978年 | 東海大一高校 | 昭和53年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 静岡学園が出場 |
| 1979年 | 東海大一高校 | 昭和54年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 藤枝東が出場 |
| 1980年 | 東海大一高校 | 昭和55年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 清水東が全国優勝 |
| 1981年 | 東海大一高校 | 昭和56年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 清水東が全国優勝 |
| 1982年 | 東海大一高校 | 昭和57年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 県決勝で清水東に惜敗 |
| 1983年 | 東海大一高校 | 昭和58年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 清水東が出場 |
| 1984年 | 東海大一高校 | 昭和59年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 県決勝で清水商に惜敗 |
| 1985年 | 東海大一高校 | 昭和60年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 清水商が出場 |
| 1986年 | 東海大一高校 | 昭和61年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 県決勝で清水商に惜敗(冬に全国制覇) |
| 1987年 | 東海大一高校 | 昭和62年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 県決勝で清水商に惜敗 |
| 1988年 | 東海大一高校 | 昭和63年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 準優勝 | 県決勝で清水商に惜敗 |
| 1989年 | 東海大一高校 | 平成元年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 清水商が全国優勝 |
| 1990年 | 東海大一高校 | 平成2年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 清水商が全国優勝 |
| 1991年 | 東海大一高校 | 第26回全国高校総体(初出場) | 全国大会 準優勝 | 地元静岡開催で総体初出場。決勝で清水東と激闘演じ準優勝 |
| 1992年 | 東海大一高校 | 平成4年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 伊東輝悦らを擁し準決勝進出 |
| 1993年 | 東海大一高校 | 平成5年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 県予選上位進出 |
| 1994年 | 東海大一高校 | 第29回全国高校総体(2回目) | 全国大会 出場 | 3年ぶりに夏の全国大会復帰 |
| 1995年 | 東海大一高校 | 平成7年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 1996年 | 東海大一高校 | 平成8年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 1997年 | 東海大一高校 | 平成9年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝進出 |
| 1998年 | 東海大一高校 | 第33回全国高校総体(3回目) | 全国大会 出場 | 東海大一高として最後の夏の全国出場を果たす |
| 1999年 | 東海大翔洋高校 | 平成11年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 翔洋高校として参戦 |
2000年代〜2020年代(翔洋統合から現在)
2004年に東海大翔洋として初のインターハイ全国出場を達成。その後も激戦区静岡において上位進出を続け、夏の全国大会復帰を目指して挑戦を続けています。
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2000年 | 東海大翔洋高校 | 平成12年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2001年 | 東海大翔洋高校 | 平成13年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2002年 | 東海大翔洋高校 | 平成14年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝進出 |
| 2003年 | 東海大翔洋高校 | 平成15年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2004年 | 東海大翔洋高校 | 第39回全国高校総体(4回目) | 全国大会 出場 | 統合後初となる6年ぶりの夏の全国大会出場を達成 |
| 2005年 | 東海大翔洋高校 | 平成17年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2006年 | 東海大翔洋高校 | 平成18年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2007年 | 東海大翔洋高校 | 平成19年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選敗退 | 決勝トーナメント進出 |
| 2008年 | 東海大翔洋高校 | 平成20年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2009年 | 東海大翔洋高校 | 平成21年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝進出 |
| 2010年 | 東海大翔洋高校 | 平成22年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2011年 | 東海大翔洋高校 | 平成23年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2012年 | 東海大翔洋高校 | 平成24年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2013年 | 東海大翔洋高校 | 平成25年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2014年 | 東海大翔洋高校 | 平成26年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2015年 | 東海大静岡翔洋高校 | 平成27年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 校名改称初年度、8強進出 |
| 2016年 | 東海大静岡翔洋高校 | 平成28年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2017年 | 東海大静岡翔洋高校 | 平成29年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2018年 | 東海大静岡翔洋高校 | 平成30年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 太田体制始動、8強進出 |
| 2019年 | 東海大静岡翔洋高校 | 令和元年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝敗退 |
| 2020年 | 東海大静岡翔洋高校 | 令和2年度全国高校総体静岡県予選 | 大会中止 | 新型コロナウイルス感染拡大により中止 |
| 2021年 | 東海大静岡翔洋高校 | 令和3年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト4 | 準決勝進出、熱戦を展開 |
| 2022年 | 東海大静岡翔洋高校 | 令和4年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2023年 | 東海大静岡翔洋高校 | 令和5年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 準々決勝進出 |
| 2024年 | 東海大静岡翔洋高校 | 令和6年度全国高校総体静岡県予選 | 静岡県ベスト8 | 県Aリーグ首位快走とともに8強進出 |
| 2025年 | 東海大静岡翔洋高校 | 令和7年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 上位進出 | 全国総体切符を目指し熱戦 |
| 2026年 | 東海大静岡翔洋高校 | 令和8年度全国高校総体静岡県予選 | 県予選 参戦中 | 22年ぶり夏の全国復帰へ挑戦中 |
高円宮杯 U-18サッカーリーグ(全日本ユース / プリンスリーグ東海)
1990年の第1回全日本ユース選手権で全国準優勝を達成。2003年のJFAプリンスリーグU-18東海創設初年度から参戦し、2024年には静岡県Aリーグを制覇してプリンスリーグ東海への復帰を果たしました。
2000年代〜2020年代(プリンスリーグ東海・静岡県リーグでの挑戦)
| 年度 | 高校名(チーム名) | 大会名(出場回数) | 成績・結果 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 2003年 | 東海大翔洋高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 5位 / 10チーム | プリンスリーグ東海発足初年度、中位を確保し残留 |
| 2004年 | 東海大翔洋高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 6位 / 10チーム | 総体全国出場の勢いを維持しリーグ残留 |
| 2005年 | 東海大翔洋高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 7位 / 10チーム | 東海地域の強豪と拮抗した戦いを展開 |
| 2006年 | 東海大翔洋高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 8位 / 10チーム | 粘り強い戦いでプリンス残留を果たす |
| 2007年 | 東海大翔洋高校 | JFAプリンスリーグU-18東海 | 9位 / 10チーム | 静岡県Aリーグへ降格 |
| 2008年 | 東海大翔洋高校 | 高円宮杯 静岡県Aリーグ | 上位 | 県Aリーグで上位争いを展開 |
| 2009年 | 東海大翔洋高校 | 高円宮杯 静岡県Aリーグ | 上位 | プリンス復帰を目指し奮闘 |
| 2010年 | 東海大翔洋高校 | 高円宮杯 静岡県Aリーグ | 2位 / 10チーム | 昇格プレーオフへ進出 |
| 2011年 | 東海大翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 上位 | 高円宮杯新制度のもと県上位を維持 |
| 2012年 | 東海大翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 上位 | 安定した強さで県1部上位に定着 |
| 2013年 | 東海大翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 3位 / 10チーム | プリンス参入争いを繰り広げる |
| 2014年 | 東海大翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 上位 | 堅固な守備と組織力で上位進出 |
| 2015年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 上位 | 校名改称初年度、上位で健闘 |
| 2016年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 上位 | 人工芝グラウンドを活用しチーム強化 |
| 2017年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 上位 | 接戦を演じ県上位を維持 |
| 2018年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 4位 / 10チーム | 太田恒治監督就任、中高一貫強化が加速 |
| 2019年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 3位 / 10チーム | 昇格争いに肉薄、着実に地力を強化 |
| 2020年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 2位 / 10チーム | 選手権県予選準優勝とともに上位フィニッシュ |
| 2021年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 3位 / 10チーム | 安定したパスサッカーで上位をキープ |
| 2022年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 4位 / 10チーム | 激戦の県1部リーグで上位争いを展開 |
| 2023年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 3位 / 10チーム | 最終節まで優勝争いを演じる |
| 2024年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 静岡県Aリーグ | 1位(優勝) | 県Aリーグを圧倒的な強さで制覇。プレーオフを制しプリンス復帰決定 |
| 2025年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 プリンスリーグ東海 | 参戦・定着 | 東海地域強豪Jユースや名門高と激戦を繰り広げ残留 |
| 2026年 | 東海大静岡翔洋高校 | 高円宮杯 JFA U-18 プリンスリーグ東海 | 上位争い中 | プレミア昇格を視野に熱戦を展開中 |
ユニフォーム
- サプライヤー:ミズノ(adidas)
- カラー・デザイン詳細:
- 1stキット(FP正):シャツ「黄色×黒の縦縞(イエロー&ブラックストライプ)」/パンツ「黒」/ソックス「黄色×黒(ストライプ)」。1986年度選手権全国制覇時に旋風を巻き起こし、高校サッカーファンの脳裏に刻まれた伝統の「タイガージャージ」。左胸には東海大学のシンボルマークと伝統のエンブレムが刺繍されています。
- 2ndキット(FP副):シャツ「白」/パンツ「白」/ソックス「白」。清潔感と気品を漂わせるピュアホワイトをベースに、洗練されたアクセントラインが施されています。
- GKキット:正「緑/緑/緑」、副「赤/赤/赤」または「青/青/青」。
部員人数
- 総部員数:約120名(各学年40名前後)。
- カテゴリー構成・活動実態:
- トップチーム(Aチーム):高円宮杯プリンスリーグ東海、全国高校選手権予選、全国高校総体予選に参戦。
- セカンド・サードチーム(B・Cチーム等):高円宮杯静岡県ユースリーグ(Aリーグ・Bリーグ・Cリーグ・中部リーグ)、東海ルーキーリーグU-16等に参戦し、部員全員が公式戦で実戦経験を積める体制を確立。
- 主な出身チーム:
- 東海大学付属静岡翔洋高等学校中等部サッカー部(中高一貫指導体制・全中優勝8回)
- 清水エスパルスジュニアユース、ジュビロ磐田U-15、藤枝東FC、FC桜が丘、エスパルスSS(静岡・清水・榛原・藤枝)、SALFUS oRs、オイスカFC、Honda FCなどの静岡県内名門街クラブ・Jアカデミー
- 静岡県内各中学校サッカー部、および東海・関東地域の有力クラブ
学校生活
- 練習環境:
- 三保キャンパス内専用サッカーグラウンド(夜間照明完備の全面ロングパイル人工芝ピッチ)。
- クラブハウス(部室、シャワールーム完備)。
- 校内トレーニングルーム(フリーウエイト、最新ウエイトトレーニング機器を完備)。
- 戦術ミーティングルーム(映像分析システム、ミーティング設備完備)。
- 東海大学スポーツ医科学研究所と連携した科学的フィジカルトレーニングおよび栄養サポート。
- 練習時間:
- 平日:放課後(16:00〜19:00頃)、人工芝グラウンドにて高強度の集中トレーニングを実施。
- 月曜:原則として休養日およびリカバリー(自主練習)。
- 週末:高円宮杯プリンスリーグ東海公式戦、県リーグ公式戦、全国強豪校・大学との練習試合・遠征。
寮について
東海大学付属静岡翔洋高校サッカー部には、学校専用の男子アスリート寮(「飛翔寮」など)が完備されており、全国から集まる志の高い部員たちが共同生活を送っています。
寮内には冷暖房完備の居室(2〜4人部屋中心)や食堂、学習スペース、Wi-Fi環境が整備されており、管理スタッフのもとで栄養バランスの考慮された朝夕の温かい食事が提供されています。部員の約半数は静岡市内や近隣地域からの自宅通学ですが、県内外の遠方から集まる部員は寮生活を通じて規則正しい生活習慣と自己規律を確立。毎日のトレーニングや学業に加え、仲間と寝食を共にすることで強い結束力と感謝の心を養い、社会に羽ばたく人間性を形成しています。
入部するには
- 高校の学科・コース・偏差値:
- 普通科 アクセルコース(特別進学・英数探究:偏差値 約53〜55)
- 普通科 ベーシックコース(文理総合・競技選抜:偏差値 約46〜48)
- 入部方法:
- 一般入試(単願・併願):筆記試験および面接を経て入学後に入部。ベーシックコースまたはアクセルコースから入部可能。
- 単願推薦入試・スポーツ推薦(強化指定枠):中学校年代での競技実績や学業成績を総合的に評価し、セレクション・練習会等を経て選抜される推薦入学制度。
- 中学生対象オープンスクール・部活動体験会:毎年夏期(7月〜8月)を中心に実施され、人工芝ピッチでの練習や指導スタッフとの対話を通じてチーム環境を体験可能。
進路
- 大学進学実績:東海大学の付属推薦入学制度により、体育学部をはじめ工学部、海洋学部、人文学部など東海大学各学部へ約50%以上が進学。さらに日本体育大学、早稲田大学、筑波大学、順天堂大学、法政大学、流通経済大学、国士舘大学、専修大学、拓殖大学、中京大学、常葉大学など、関東・東海の大学サッカー強豪校へ多数の選手が進学・活躍。
- プロ・Jリーグ出身選手一覧(東海大学第一・東海大学付属静岡翔洋高校サッカー部出身者・高校卒業年度順):
- 1982年度卒:行徳浩二(東海大一 → 東海大学 → ヴェルダー・ブレーメンII → トヨタ自動車、元FC岐阜監督、ブータン代表監督)
- 1985年度卒:杉本雅央(東海大一 → ヤマハ発動機 → 清水エスパルス)
- 1985年度卒:山田泰寛(東海大一 → 慶應義塾大学 → 清水エスパルス)
- 1986年度卒:大嶽直人(東海大一 → 順天堂大学 → 横浜フリューゲルス → 京都パープルサンガ → アルビレックス新潟、元日本代表DF)
- 1986年度卒:内藤直樹(東海大一中・高 → 日立製作所/柏レイソル → 清水エスパルス → サンフレッチェ広島 → ヴィッセル神戸)
- 1986年度卒:三渡洲アデミール(東海大一 → トヨタ自動車 → 清水エスパルス、1986年度高校選手権得点王)
- 1987年度卒:澤登正朗(東海大一中・高 → 東海大学 → 清水エスパルス、元日本代表MF、1993年Jリーグ新人王)
- 1987年度卒:吉田康弘(東海大一 → 明治大学 → 鹿島アントラーズ → 清水エスパルス → サンフレッチェ広島 → FC岐阜)
- 1987年度卒:平澤政輝(東海大一 → トヨタ自動車、1987年度高校選手権得点王)
- 1989年度卒:田坂和昭(東海大一 → 東海大学 → ベルマーレ平塚 → 清水エスパルス → セレッソ大阪、元日本代表DF、1994年Jリーグ新人王)
- 1989年度卒:大嶽真人(東海大一 → 順天堂大学 → セレッソ大阪)
- 1989年度卒:吉村寿洋(東海大一 → ヤマハ発動機/ジュビロ磐田 → ヴィッセル神戸 → 大分トリニータ)
- 1989年度卒:濁澤一仁(東海大一 → セレッソ大阪)
- 1990年度卒:森島寛晃(東海大一 → ヤンマー/セレッソ大阪、元日本代表MF、現セレッソ大阪代表取締役社長)
- 1990年度卒:松島仁(東海大一 → 清水エスパルス)
- 1991年度卒:服部年宏(東海大一 → ジュビロ磐田 → 東京ヴェルディ → ガイナーレ鳥取 → FC岐阜、元日本代表DF)
- 1991年度卒:岩下潤(東海大一 → 清水エスパルス、現・清水エスパルスユース監督)
- 1992年度卒:白井博幸(東海大一 → 清水エスパルス → ヴェルディ川崎 → セレッソ大阪 → 湘南ベルマーレ → ベガルタ仙台 → FC琉球、元アトランタ五輪代表DF)
- 1992年度卒:伊東輝悦(東海大一 → 清水エスパルス → ヴァンフォーレ甲府 → アルビレックス新潟 → ブラウブリッツ秋田 → アスルクラロ沼津、元日本代表MF、アトランタ五輪「マイアミの奇跡」決勝ゴール)
- 1992年度卒:松原良香(東海大一 → ジュビロ磐田 → 清水エスパルス → ジェフユナイテッド市原 → NKリエカ/クロアチア → 湘南ベルマーレ → アビスパ福岡等、元アトランタ五輪代表FW)
- 1993年度卒:伊藤卓(東海大一 → 国士舘大学 → 名古屋グランパス → 京都パープルサンガ)
- 1993年度卒:加島進一(東海大一 → 筑波大学 → ヴィッセル神戸)
- 1993年度卒:中原幸司(東海大一 → 日本体育大学 → 清水エスパルス)
- 1993年度卒:熊埜御堂智(東海大一 → 柏レイソル → モンテディオ山形)
- 1993年度卒:佐野友昭(東海大一 → アビスパ福岡 → 水戸ホーリーホック)
- 1997年度卒:江本城幸(東海大一中・高 → FCプリメーロ)
- 1998年度卒:阿部謙作(東海大一中・高 → 筑波大学 → ヴァンフォーレ甲府 → ヴィッセル神戸)
- 1998年度卒:川村淳一(東海大一中・高 → ヴィッセル神戸 → ジヤトコ → FCバンディッツいわき)
- 1999年度卒:鈴木啓太(東海大一中・翔洋高 → 浦和レッズ、元日本代表MF・主将)
- 1999年度卒:鈴木孝明(東海大一中・翔洋高 → 筑波大学 → サガン鳥栖)
- 1999年度卒:小島卓(東海大翔洋 → 日本体育大学 → ヴィッセル神戸)
- 2000年度卒:鈴木良和(東海大翔洋 → 湘南ベルマーレ)
- 2002年度卒:秋葉竜児(東海大翔洋 → ベガルタ仙台)
- 2004年度卒:鈴木翼(東海大翔洋 → モンテディオ山形 → 栃木ウーヴァFC)
- 2006年度卒:望月竜次(東海大翔洋 → 藤枝MYFC)
- 2007年度卒:石井健太(東海大翔洋 → 東海大学 → Honda FC → カマタマーレ讃岐 → テゲバジャーロ宮崎)
- 2015年度卒:河上将平(東海大静岡翔洋 → 専修大学 → カマタマーレ讃岐)
- 2016年度卒:福宮弘乃介(東海大静岡翔洋 → 神奈川大学 → ソニー仙台FC → 高知ユナイテッドSC)
- 2016年度卒:増田隼司(東海大静岡翔洋 → 近畿大学 → いわてグルージャ盛岡)
※なお、系列の東海大学第一中学校(現・静岡翔洋中等部)出身で他高校へ進学後にプロ入りした主な名手には、元日本代表守護神の川口能活(東海大一中 → 清水商)、元日本代表エース・JリーグMVPの高原直泰(東海大一中 → 清水東)、元日本代表の小林大悟(東海大一中 → 清水商)、佐野裕哉(東海大一中 → 清水商)、狩野健太(東海大一中 → 静岡学園)、佐藤由紀彦(東海大一中 → 清水市商)、長橋康弘(東海大一中 → 静岡学園)、入江徹(東海大一中 → 静岡学園)、平山智規(東海大一中 → 静岡学園)、川島眞也(東海大一中 → 静岡学園)、河野淳吾(東海大一中 → 清水市商)らがいます。























