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江尻 篤彦(清水商業高校)高校サッカーヒーロー列伝

江尻篤彦_清水商業

江尻 篤彦(清水商業高校 静岡県)高校サッカーヒーロー列伝

総評

高い戦術眼と正確無比な左足のクロス、そして類まれなキャプテンシーで名門・清水市立商業高校(清水商)を悲願の「全国高校選手権初制覇」へと導いた伝説の主将。名将・大瀧雅良監督のもとで1年生時から頭角を現し、高校総体全国ベスト4進出に貢献。最上級生となった1985年度には主将を任されたが、夏の静岡県総体予選でまさかの初戦敗退を喫し、監督から突き放されるどん底を味わった。

しかし、丸坊主になった大瀧監督の姿に責任を痛感した江尻主将は、同期全員を集めて「もう一度やらせてほしい」と直談判。そこからチームは奇跡的な団結力を発揮し、冬の第64回全国高校サッカー選手権静岡県予選を勝ち抜いて全国本大会へ進出。本大会でも守護神・真田雅則らと共に勝ち上がり、決勝では四日市中央工業高校を2-0で撃破。清商サッカー部史上初となる全国制覇(冬の選手権初優勝)の偉業を達成し、大瀧監督の指導者人生をも大きく変える転機を作った。

明治大学を経て古河電工(ジェフユナイテッド市原)へ加入し、Jリーグ草創期の主力を担った。引退後は千葉の監督やロンドン五輪日本代表コーチ、東京ヴェルディ強化部長として手腕を発揮している。

所属チーム

清水市立商業高等学校(現・静岡市立清水桜が丘高等学校)

生年月日

1967年7月12日

サイズ(身長・体重)

178cm / 70kg(※現役時)

ポジション

MF(左サイドハーフ / 攻撃的MF / ウイング)

出身チーム

  • 3種:清水市立第一中学校サッカー部(静岡県清水市)
  • 4種:清水市立江尻小学校 / 清水FC

出場大会

高校

高校サッカー選手権
  • 1年時(1983年度・第62回):静岡県予選 敗退(全国大会不出場 / 静岡県代表は清水東高校、全国優勝は清水東高校)
  • 2年時(1984年度・第63回):静岡県予選 敗退(全国大会不出場 / 静岡県代表は藤枝東高校)
  • 3年時(1985年度・第64回):キャプテン(主将)として静岡県予選 優勝、全国大会 優勝(全国制覇・初優勝・日本一!)(※決勝:2-0 四日市中央工業高校、大会優秀選手選出)
高校総体
  • 1年時(1983年度・愛知総体):静岡県予選 準優勝、全国大会 ベスト4(4強進出!)(※1年生ながら途中出場で得点を挙げるなど活躍)
  • 2年時(1984年度・秋田総体):静岡県予選 敗退(全国大会不出場 / 静岡県代表は東海大一高校)
  • 3年時(1985年度・石川総体):静岡県予選 1回戦敗退(全国大会不出場 / 静岡県代表は東海大一高校)
全日本ユース(高円宮杯)

該当なし(※1989年創設のため大会創設前)

国民体育大会(国体)
  • 1年時(1983年・群馬国体):静岡県選抜
  • 2年時(1984年・奈良国体):静岡県選抜
  • 3年時(1985年・鳥取国体):静岡県選抜




代表歴

高校時代の代表・選抜歴

  • 日本高校選抜:1986年選出(ヨーロッパ遠征参加)
  • 都道府県選抜:静岡県選抜(1985年鳥取国体等出場)
  • 個人表彰:第64回全国高校サッカー選手権 大会優秀選手(1985年度)
  • 世代別日本代表・Jリーグ選抜:該当なし

高校時代の代表歴について

静岡県清水市出身。清水市立江尻小学校、清水FC、清水市立第一中学校を経て名門・清水商業高校へ進学。左利きの巧みなチャンスメーカーとして大瀧雅良監督の指導を受け、1年生時から全国高校総体で途中出場からゴールを挙げるなど非凡な才能を示した。

高校3年時には主将として第64回全国高校選手権で清商サッカー部を史上初の全国制覇へと導き、大会優秀選手に選出。大会終了後には日本高校選抜に選出され、ヨーロッパ遠征に参加した。高校時代に培った強い責任感とリーダーシップ、自ら考え抜いてチームを動かす自主自律の精神は、その後の指導者・ゼネラルマネージャー(強化責任者)としての卓越した手腕の礎となった。

卒業後の進路

大学

明治大学体育会サッカー部(1986年 – 1989年 / 関東大学サッカーリーグ、全日本大学選抜等)

プロ・社会人

  • 古河電気工業サッカー部 / ジェフユナイテッド市原(JSL1部・J1 / 1990年 – 1998年 / Jリーグ開幕戦先発出場、J1通算175試合19得点、JSL通算25試合2得点、1998年現役引退)

引退後の指導歴・役職

  • ジェフユナイテッド市原・千葉 コーチ、育成普及部コーチ、U-18監督(1999年 – 2006年)
  • アルビレックス新潟 ヘッドコーチ(2007年 – 2008年)
  • ジェフユナイテッド市原・千葉 コーチ、監督(2009年 – 2010年)
  • U-23日本代表 コーチ(2011年 – 2012年 / 関塚隆監督を支え、2012年ロンドン五輪で44年ぶりのベスト4進出に貢献
  • ジェフユナイテッド市原・千葉 コーチ、U-18監督、監督(2013年 – 2019年)
  • 東京ヴェルディ 強化部長(2020年 – 現在 / 2023年J1昇格達成2024年トップリーグトロフィー受賞

卒業後のキャリアの総評

高校卒業後の1986年、名門・明治大学へ進学。関東大学サッカーリーグなどで中盤の攻撃的MFとして活躍し、全日本大学選抜にも選ばれた。

大学卒業後の1990年、日本サッカーリーグ(JSL)の名門・古河電気工業サッカー部(現・ジェフユナイテッド市原・千葉)へ加入。1993年のJリーグ開幕戦(サンフレッチェ広島戦)にも先発出場し、Jリーグ草創期のジェフを支える中心選手として活躍。左足の正確なクロスと豊富な運動量でチームに貢献し、J1通算175試合19得点(JSL通算25試合2得点)を記録して1998年シーズン限りで現役を引退した。

引退後はジェフ市原・千葉のトップチームコーチ、U-18監督を歴任し、2009年9月および2019年にトップチーム監督を務めた。また2011年からは関塚隆監督率いるU-23日本代表のコーチとして、2012年ロンドン五輪における44年ぶりのベスト4進出を支えた。2020年からは東京ヴェルディの強化部長に就任。限られた予算の中で的確な補強とチーム編成を行い、2023年に16年ぶりのJ1昇格を達成、2024年にはJ1で6位と大躍進を遂げ、トップリーグトロフィーを受賞するなど日本屈指の強化統括者として高い評価を得ている。




清水商業(ヒーロー列伝)