立石 敬之(国見高校 長崎県)高校サッカーヒーロー列伝
総評
的確な戦術眼と無尽蔵のスタミナ、強靭な対人力と正確なキックで国見高校のサイドと中盤を引き締めた「国見黄金期の頭脳派マルチロール」。名将・小嶺忠敏監督の厳しい指導のもと、二宮浩、村田一弘、中尾幸太郎、吉田裕幸ら同期の精鋭たちと共に、国見高校サッカー部が初めて全国の頂点へと上り詰めた歴史的瞬間の中心人物として躍動した。
高校2年時の1986年には夏の全国高校総体(インターハイ)で国見高校史上初の全国初制覇を達成し、冬の第65回全国高校サッカー選手権大会でも初出場準優勝に貢献。最上級生となった1987年度には、夏の北海道インターハイで全国準優勝を果たすと、冬の第66回選手権では不動の左サイドバックとして堅守を統率し、前年敗れた東海大一を1-0で破って悲願の選手権初優勝(全国制覇)を成し遂げ、大会優秀選手に選出された。
大学時代から南米へ留学し、JFLやJ2でプレーした後は指導者・フロントへ転身。FC東京のGMとして数々のタイトル獲得に貢献し、現在はベルギー1部シント=トロイデンVVのCEOとして日本サッカー界を世界へと牽引している。
所属チーム
長崎県立国見高等学校
生年月日
1969年7月8日
サイズ(身長・体重)
172cm / 68kg(※現役時)
ポジション
MF / DF(左サイドバック / 守備的MF / ボランチ)
出身チーム
- 3種:北九州市立響南中学校サッカー部(現・北九州市立若松中学校 / 福岡県北九州市若松区 / ※全国中学校サッカー大会 第3位)
- 4種:北九州市内の少年サッカークラブ(福岡県北九州市)
出場大会
高校
高校サッカー選手権
- 1年時(1985年度・第64回):長崎県予選 敗退(全国大会不出場)
- 2年時(1986年度・第65回):長崎県予選 優勝、全国大会 準優勝!(1回戦:5-0 市立船橋、2回戦:3-1 盛岡商、3回戦:6-1 暁星、準々決勝:3-0 四日市中央工、準決勝:1-0 室蘭大谷、決勝:0-2 東海大一)
- 3年時(1987年度・第66回):長崎県予選 優勝、全国大会 優勝(国見高校史上初の選手権全国初制覇!)&【大会優秀選手選出】(2回戦:3-1 徳島市立、3回戦:2-0 広島工、準々決勝:2-1 南宇和、準決勝:3-1 四日市中央工、決勝:1-0 東海大一[前年の雪辱を果たし無失点優勝])
高校総体
- 1年時(1985年度・山形総体):長崎県予選 敗退(全国大会不出場)
- 2年時(1986年度・山口総体):長崎県予選 優勝、全国大会 優勝(国見高校史上初の全国初制覇・初出場初優勝!)
- 3年時(1987年度・北海道総体):長崎県予選 優勝、全国大会 準優勝!(決勝:1-2 市立船橋)
全日本ユース(高円宮杯)
- 1年時(1985年度):該当なし(※大会創設前)
- 2年時(1986年度):該当なし(※大会創設前)
- 3年時(1987年度):該当なし(※大会創設前)
国民体育大会(国体)
- 1年時(1985年・鳥取国体):長崎県選抜
- 2年時(1986年・山梨国体):長崎県選抜
- 3年時(1987年・沖縄国体):長崎県選抜としてサッカー少年の部 出場
代表歴
高校時代の代表・選抜歴
- 世代別日本代表:U-19日本代表(日本ユース代表)
- 日本高校選抜:1988年選出(第66回大会優秀選手・欧州遠征参加)
- 都道府県選抜:長崎県選抜(国体少年の部出場)
- Jリーグ選抜:該当なし
高校時代の代表歴について
北九州市立響南中学校時代に全国中学校サッカー大会で3位入賞を果たして頭角を現し、越境で長崎の名門・国見高校へ進学。小嶺忠敏監督の指導を受けて戦術眼と対人能力を徹底的に磨き上げた。
高校2年時および3年時には長崎県選抜の主力として国民体育大会に出場。高校総体優勝・準優勝、高校選手権優勝・準優勝という圧倒的な実績を最終ラインから支え、U-19日本代表(日本ユース代表)に選出された。さらに第66回全国高校選手権終了後には大会優秀選手として日本高校選抜に選出され、ヨーロッパ遠征に参加。海外の屈強なアタッカー相手にも冷静なポジショニングと粘り強いディフェンスで渡り合い、高い戦術理解度を備えた守備職人として高い評価を得た。
卒業後の進路
大学
創価大学(1988年 – 1991年 / 在学中にブラジルやアルゼンチンへ留学)
プロ・社会人
- ECノロエスチ(ブラジル / 1992年 – 1993年)
- ベルマーレ平塚(1993年)
- 東京ガスサッカー部(旧JFL / 1994年 – 1996年 / 岡島清延とダブルボランチを形成)
- 大分トリニティ / 大分トリニータ(旧JFL・J2 / 1997年 – 1999年 / 現役引退)
日本代表
日本ユース代表
引退後の指導歴・クラブ経営・役職
- 大分トリニータ U-18コーチ、サテライトコーチ、ヘッドコーチ、強化部長(1999年 – 2005年)
- エラス・ヴェローナFC(イタリア・セリエB)アシスタントコーチ(2006年)
- JFA公認S級コーチライセンス取得(2006年)
- FC東京 強化部長代理、強化部長、ゼネラルマネージャー(GM)(2007年 – 2017年 / 2009年ナビスコ杯優勝、2011年天皇杯優勝)
- シント=トロイデンVV(ベルギー1部 / STVV)CEO(最高経営責任者)(2018年 – 現在 / 冨安健洋、遠藤航、鎌田大地らを欧州へ輩出、2025-26欧州カップ戦出場権獲得)
- アビスパ福岡 経営顧問・エグゼクティブアドバイザー(2019年 – 現在)
卒業後のキャリアの総評
高校卒業後の1988年、創価大学へ進学。大学在学中から世界基準を求めてブラジルやアルゼンチンへ単身留学し、卒業後の1992年にブラジルのECノロエスチでプレーした。帰国後はベルマーレ平塚を経て1994年に東京ガスサッカー部(旧JFL)へ加入し、岡島清延とともにダブルボランチを組んで攻守の要として活躍。1997年から大分トリニティ(現・大分トリニータ)でプレーし、J2参入初年度の1999年シーズン限りで現役を引退した。
引退後は大分でU-18コーチやヘッドコーチ、強化部長を歴任。2006年にはイタリア・セリエBのエラス・ヴェローナでアシスタントコーチを務め、JFA公認S級コーチライセンスを取得した。2007年からFC東京の強化部に加わり、強化部長やゼネラルマネージャー(GM)として2009年ナビスコカップ優勝、2011年天皇杯優勝などに貢献した。2018年にはDMMグループが買収したベルギー1部リーグのシント=トロイデンVV(STVV)のCEOに就任。冨安健洋、遠藤航、鎌田大地らを欧州へ羽ばたかせ、2025-26シーズンにはクラブ史上初の欧州カップ戦出場権を獲得するなど、日本人クラブ経営者の先駆者として国際的に極めて高い評価を受けている。




























